地下鉄の通気口から上がる白い湯気!
そこにかぶさる何とも気だるく退廃的なアルト・サックスの音色 !
この冒頭のシーンに、まずノックアウトさせられる。
“午前10時の映画祭”で久々に鑑賞。
製作は1976年。
ベトナム戦争のショックがまだ国を覆っていた時代のアメリカを見事に切り取っている。
その後も続いたマーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロ主演のコンビが最も脂が乗り切っていた時期の作品にして、彼らの最高傑作だろう。
初めて観たのは、76年の秋(だと思う)、高校3年生の時。
衝撃だった。
受験生であったことも忘れて、封切館に何度もなんども通った。
それ以来、何度目だろうか、10回目くらいまでは覚えていたが、
その後ははっきりしないが、10数年ぶりの鑑賞であることは確か。
だが、全く色褪せていない。今観ても、時代を超えた傑作だと、私は確信している。
主人公のトラヴィスは、ベトナム帰りの元海兵隊員。
戦地での体験が影響しているのであろうが、不眠症で全く眠れなくなった彼は、
徹夜でも働ける仕事として、タクシードライバーの職に応募し採用される。
“anytime anywhere”(面接時のトラヴィスの台詞)
請われれば、他の運転手が嫌う地区であろうと、どんな客でも、タクシーを走らせる。
そして、いつでも
しかし、それでも、彼は眠れない・・・
トラヴィスの眼に映る大都会ニューヨークは、
「夜歩き回るクズは、売春婦、街娼、ヤクザ、ホモ、オカマ、麻薬売人、
『すべて悪だ』奴らを根こそぎ洗い流す雨はいつ降るんだ?」(劇中でトラヴィスがつける日記文の独白)
社会に対しての怒りと苛立ち、虚しさ、そして孤独の中で、
狂気へと駆り立てられていったトラヴィスは、腐敗と悪を一掃するために、
ある行動を起こす・・・
“デニーロ・アプローチ”とも言われる役作りは定評があるが、
デ・ニーロは、実際にニューヨークでタクシードライバーを3週間実体験して撮影に臨んだそう。
トラヴィスの狂気をとことんまで表した迫真の演技は、正に鬼気迫るものがある。
脚本のポール・シュレイダーにヒントを与えたのは、
アラバマ州知事を銃撃した実在の狙撃犯であるアーサー・ブレマーの『暗殺者の日記』。
この日記を読んだシュレイダーは、本作の着想を得たという。
スコセッシは
「トラヴィスのような人物を手遅れになるほど無視する社会への警告」
とのコメントを残しているが、
実際にトラヴィスのように、コンプレックスと孤独感に苛まれた青年たちが劇場に多数集結したと言われている。
その中の一人に、ジョン・ヒンクリーがいた。
彼はこの映画で12歳の娼婦アイリスを演じたジョディ・フォスターに異常な憧れを覚え、
彼女を執拗に追い回した挙句、劇中のトラヴィスと自分とを重ね合わせ、
81年3月に、現実にロナルド・レーガン大統領を狙撃するに至った。
ブレマー⇒トラヴィス(シュレイダー)⇒ヒンクリーへと、狂気は連鎖したのだ。
一人の人間を狂気の行動へと駆り立てたことは、この作品の持つ表現力の強さの証明であろう。
ヒンクリーを虜にし狂わせていったジョディ・フォスターは、実年齢でも13歳だったが、この作品で大ブレークし、スターダムへと駆け上がっていった。
最後になったが、ニューヨークの気だるさを見事に表したテーマ曲も忘れがたい。
ジャジーで退廃的、アンニュイなアルト・サックスはバーナード・ハーマンの作(演奏はトム・スコット)。
元々はニューヨークの名門ジュリアード音楽院で学びクラッシック畑で活躍した後、ヒッチコック作品の他、多くの映画のサウンドトラックを担当して来た人物。
『タクシー・ドライバー』は、その彼の渾身の遺作である。しかも、この映画の録音終了直後に、心臓発作により64歳で他界したというのも、何とも因縁めいている。
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