カテゴリー「牧師のひとり言」の73件の投稿

主の祈り 諸々

「主の祈り」は、イエスさまが「こう祈りなさい(言いなさい)」と教えられた福音書の記事(マタイ6913節、ルカ1124)に基づく祈りです。2世紀頃から正式に礼拝の中で祈られるようになったとされていますが、その頃に、聖書の本文にはない「国と力と栄とは限りなく汝のものなればなり」が加えられたようです。

プロテスタントの多くの教会で現在用いられているのは、文語調のものですが、これは1880年に訳されたものです。

カトリック教会と聖公会では、独自の文語訳のもの(天にまします我らの父よみ名の尊まれんことを…)は現在では使われておらず、以下の共通口語訳として作成されたものが用いられています。プロテスタント教会の中にも、これを用いている教会もあるようです。

また、ハリストス正教会(東方正教会)でも、独自の文語訳による祈りが使われています。

 カトリック教会と日本聖公会共通口語
 
天におられるわたしたちの父よ、
 
み名が聖とされますように。
 
み国が来ますように。
 
みこころが天に行われるとおり
 
地にも行われますように。
 
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
 
わたしたちの罪をおゆるしください。
 わたしたちも人をゆるします。

 わたしたちを誘惑におちいらせず、
 
悪からお救いください。
 
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。

日本ハリストス正教会の「天主

天に在(イマ)すわれらの父や。
  願わくは爾(ナンジ)の名は聖(セイ)とせられ。
 
爾の国は来たり。
 
爾の旨は天に行はるるが如く、地にも行はれん。
 
我が日用の糧を今日我等に與(アタ)へ給へ。
 
我等に債(オヒメ)ある者を我等免(ユル)すが如く、
 我等の債を免し給へ。
 我等を誘(イザナヒ)に導かず、
 猶(ナオ)我等を凶悪(キョウアク)より救ひ給へ。

 蓋(ケダ)し国と權能(ケンジョウ)と光榮(コウエイ)は
 
爾に世々に歸(キ)す。
 
アミン。

私自身不勉強で、ハリストス正教会のことはあまりよく知らないのですが、文言には違いがあるのですね。細かくは、いろいろ違いますが、アーメンが“アミン”なのは興味深く思いました。

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信仰が無くならないように

「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。 しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」 するとシモンは、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と言った。 イエスは言われた。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう。」 (ルカによる福音書22章31~34節)

ペトロがイエスさまを知らないと三度否認するのを予告した有名な記事であるが、他の福音書記事と違って、このルカ22章には、31節、32節のイエスさまの言葉が添えられている。

このうち32節の
「わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。」

は、イエスさまのペトロの信仰に対しての執り成しとして、
私たちに大きな慰めを与えてくれる。

イエスさまは自分のことを否認することをご存じの上で、
彼のために祈って下さった。

この時のペトロは、自分は最後まで従って行けると思っていた。

「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」

と言っている。

しかし、イエスさまは彼が従って来れないことはご承知だったし、
彼にそこまでの行動を求めておられなかったんじゃないか。

では、この時の「信仰が無くならないように」との
祈りの真意は何だったのか。

この前のところで、弟子たちは自分たちのうちで誰が一番偉いかと議論している。ペトロを含めた彼らの心の中には、自分たちはここまで、自分たちの信仰で、主に従って来たのだとする自負があっただろう。

それは言い換えれば、自分の信じる力というか、信仰により頼む
思いがあったのではないか。

イエスさまは、そんな信仰を求めておられたのではないだろう。
イエスさまは、弟子たちに強さを求めてはおられなかっただろう。

イエスさまがペトロに求めておられる信仰は、
主に頼る信仰、主に助けて下さい、と求める信仰。

その信仰を無くさないようにと祈られたのではないかと思う。

イエスさまは、私たちにも、ご自分を頼らずに生きていける強さを持つ信仰者になることを望んではおられない。そうではなく、たとえ倒れてしって、ピーピー泣き叫んでも、

主よ、助けて下さい

と、ただイエスさまにすがる信仰を求めておられるのではないだろうか。

「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。 」(コリント信徒への手紙二12章9~10節)

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まさか、こんな時に受け身が・・・

左手の腫れも痛みも日にひにとれていっている。

心は大飯に向かっていたのだが、どうも神さまが止めたよう。。。

さて、ある人に、事故の経緯を話していて気付いたことがある。

言われてみれば、転んだ時に、なぜ手の甲を打ったのかってこと

その人が言うには、「後ろに転んだのなら、そのまま手の平を下につくのでは」と言うのだ。

スリッパの裏がツルっと滑っての転倒で、右手にモノを持っていたか
ら、左手だったのだが、確かに言われてみれば、手の甲をつくのは
不自然に思えなくもない。

それで気づいた。柔道の受け身。

実は、私の通った高校は柔道が正課で、3年間週一の必修だった。

そのころも、駄目だったし、その後も全く続けてはいないのだが、
最初の頃、延々と受け身と股割りをさせられたものだった。

股割りの方は、今ではまったくできなくなっているが、受け身は
今回のような咄嗟の時に反応したのだろう。

手の平をつくのと、手の甲で受け身をするのと、どちらが良かったの
かは、一概には言えないとは思う。受け身とは言っても、“ビシッ”
と甲を打ちつけたのではないとはいえ、甲の方が危ないのかも
しれないが、手のひらから行くと、肘の骨折ということもあり得たかもしれない…

まあ、どちらが良かったかは分からないがだい、でも、もし、
本当に受け身の姿勢を取ったのだったら、

高校時代に身につけたことが、約40年後にも、
体が覚えていたことになる。

若い頃の習慣や覚えたことって生きてるんだなと思わされた。

ウン、やっぱり、教育は大事だわ。

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台風 そして 原発・・・

昨日夕方に和歌山県に上陸した台風4号は、統計を取り始めた1951年以降では、7番目の早さだという。確かに、6月の台風はあまり記憶にない。

上陸後、信州から北関東から太平洋に抜け、現在(20日午前5時)は、仙台市の東南東約100キロの太平洋沖を進んでいるよう。

時速が65キロというから、時期だけでなく、速度もとても速いようだ。

大きな被害の情報は入っていないが、周辺の地方での被害が出ないように祈っている。

事前の予測では、四国上陸と言われていたので、それなりに構えてはいた。。。

それよりも、危なそうなのが台風5号。

今は台湾の南西だが、進路予想図からすると、九州・四国・近畿から中部・関東を直撃する最悪のルートをたどりそうだ。

22日には、今夏の中四国連合のバプテスト大会の準備会を、丸亀で行なうことを予定しているのだが、どうなるのか・・・

台風をニュースを目にするたびに、人間の力の限界を思わざるをえない。

と、同時に、大飯原発再稼働の愚かさをも考えざるをえない。

台風一つでさえ、どうしようもない人間が、処分することもまともに出来ないことを、しかも、あんな事故を起こしておきながら、再稼働しようとする。

憤りと同時に、自分に今できることを祈らざるを得ない。

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起工式

教会員から家を新築するので、「地鎮祭をお願いしたい」と言われた。

地鎮祭

名称などは絶対的なものではないが、

キリスト教においては、あまりそうは呼ばないかな?

建築に先立って、土地の神さまを鎮め、工事の無事を祈ることであることから、“起工式”とか、鍬入れの儀式を入れて、“鍬入れ式”と呼んで行うこともある。

神式で行われるイメージが強いからか、異教の儀式のように考えられることもあるのだが、直接工事にあたられる業者さんにとっては、工事の安全は必須の課題であろうし、何事においても、神さまを拝して事にあたることが悪いことであろうはずがない。

私の友人の牧師は、敷地内井戸があったので、建築を始めるにあたり、
“井戸埋め式”を行ったと聞く。

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春なのに・・・

「パリのブローニュの森、フィレンツェのカシネ公園、ベルリンのティーアガルデン公園といっても、花の日曜日の上野にはかなわない。」 

明治時代に来日して、桜の美しさに魅せられたアメリカのジャーナリストで旅行作家だったE.R.シッドモアの言葉。 

彼女の提案を元に、当時の東京市からワシントン市へ3000本の桜が贈られることになり、100年前の一昨日、明治45年3月27日にシッドモアや大統領夫人も参列して植樹祭が行われたそうだ。 

シッドモアは、1884年(明治17年)頃に来日したと言われている。兄が横浜領事館に勤務していたこともあり、日本を身近に感じたのかもしれない。 

彼女の日本の印象は
「夢のパラダイスだ。最初に見える沖合いの緑の小島から、視界の最後にうつる絵のような小山のいただきまで、そろって美しい。人家はおもちゃのように見え、そこに住もう男女はお人形みたいだ。そしてこの人たちの生活マナーは清潔で愛らしく、美的感覚に富み、際立った特徴を持つ。」(『日本・人力車旅情』恩地光夫訳、有隣堂新書)。

日本は、ホントに美しい国だと思う。緑に覆われ、四季の移り変わりがあり・・・ 

そんな国を、放射能まみれの国にしたことの責任は甚大だ。今回の原発事故に関しては、環境破壊の側面が大きいことは言うまでもないことだが、国はこれを「放射線公害」と位置付ける必要があると思う。 

そんな中、先日ソウルで開かれた「核安全保障サミット」に出席した野田首相は「事故は自然災害に起因したが、得られた知見や教訓は原子力施設へのテロリストによる攻撃など“人為的な危害”への備えにも生かさねばならない」とコメントしたと伝えられている。 

何をかいわんやである。被害者救済や事故後の対応のお粗末さをここまで呈しておきながら、まだ「北朝鮮の脅威」を訴えようとしている姿勢には、憤りさえおぼえる。

 

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高知市民クリスマス 

12月16日無事に市民クリスマスを終えることが出来ました。市内の教会以外には、全く宣伝をしなかったのですが、当日はスタッフを含め400人近い方が集まって下さいました。改めて、佐藤さんの著書や映画、またテレビの特集番組を通して、多くの方に影響を与えてこられたかが分かります

 今後、また随時レポートをアップしていこうかと思います(これまでも予告通りに記さないことが多いのですが・・・)が、当日のプログラムに載せた、委員長挨拶を記します。

  ごあいさつ

   天使ガブリエルがおとめマリアのところに来てこう言いました。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」。――これこそ、まさにクリスマスのメッセージです。神が私たちと共におられることを宣言してくださっている言葉です。この言葉を2011年のクリスマスに与えられた御言葉として心に刻みましょう。今年もクリスマスの喜びと恵みをご一緒に体験できますことを心から感謝申し上げます。

 311日に起こった東日本大震災とその後の原子力発電所の騒動は、私たち一人ひとりに多くのことを問いかけています。大きな悲しみと苦難に見舞われた方たちに心からのお見舞いを申し上げ、一日も早い被災者の皆さまの平安と復興をお祈り申し上げます。このような厳しい現実の中で、私たちは天使のみ告げをどう受け取ればよいか、何を喜べばよいのか、被災者の方たちだけでなく、現代を生きる私たちすべての問いなのではないでしょうか。

けれども、それは、マリアも同じでした。婚約中にその相手の子ではない子を身ごもったのですから、彼女のその後の人生が過酷なものとなるのは明らかでした。「どうして、そのようなことがありえましょうか」そう思わざるをえなかったマリアですが「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」と、み告げを信じ受け入れたのです。

クリスマスは戸惑いと決断の時です。戸惑う現実の中で、主が共におられることを信じ決断することが求められています。悩みや苦しみの中で、戸惑う心と戦いながら、約束の言葉を受け入れることを決断する時、それこそがクリスマスです。

 

岩木さんの麓で、心尽くしの手料理でもてなし、生きることに疲れた人たちの話に耳を傾けることで、生きる喜びと勇気を与えてこられた佐藤初女さんをお招きしました。そのご講演を通して、私たちも主の約束の言葉を受け入れ、クリスマスの喜びに与れればと願っています。佐藤さんのご奉仕を始め、多くの方のご協力をいただいたことを感謝申し上げます。クリスマスの喜びと恵みがお一人おひとりに与えられますように。 

     高知市民クリスマス実行委員会 委員長 高知伊勢崎キリスト教会 牧師 平林 稔

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「日米同盟」講演会

今日は、関わっている市民運動サロンの講演会の日。

この講演会に関しては、「想定外」の出来事続きである。

先ずは、このことに限らず、全ての事がそうであるが、
3月11日の東日本大震災である。このことだけでも、
未曾有の大災害ではあったが、その後の「原発“事件”」
によって、私たちの目論見は大きく外れた。
震災、特に原発一色になったのだ。

今回の講演会に関しては、当初より、皆の思いが一つであった訳ではなかった。
日米安保50年であったのだが、昨年は、「知花昌一講演会」、「辺野古を考える全国上映キャラバン」での映画会と、沖縄問題に集中させた。そこで、日米安保、いや日米“同盟”について考えたく思い企画したのだが、講師の孫崎氏の防衛大学校講師・外務官僚(国際情報局長)という肩書きに難色を示す人がいた。
何をかいわんやだ!

確かに、今までの講師とは立場が異なるし、この方自身、私たちの考える平和推進を目指される方ではないだろう。しかし、このような立ち位置の方だからこそ聞ける話があるのだし、そんな方が、今の日米同盟が本来の趣旨から全くずれていて、国民の知らない間に、完全に米国の戦争の道具に変えられていることを、訴えておられるのだから。

更に、季節はずれの台風までやって来てしまった。
どうやら、今日はまだ雨風はまだ少なそうだが、まさか5月の台風の襲来に遭うとは
全くの想定外であった。

さてさて、どうなるのやら。

でも、講演は期待大!である。

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東京出張を終えて

今回の東京出張

基本は、先に記事に書いたバプテスト連盟の地方連合連絡協議会であったが、
それ以外にも、数名の知り合いと会うことが出来た。
中でも、病気をされて昨年お会いすることが出来なかった I さんの
思っていたよりもお元気な姿に接せれたのは感謝だった。
いつもご馳走にばかりなり申し訳ありません。
私のような者を大切に思って下さるお気持ち有り難くて痛み入ります。
ありがとうございました。

姪っ子とも、大人になった彼女と一対一で話したのは初めてよね。
フィアンセに会えなかったのは残念だったが、
でも大人の女性になった彼女と“東京”で会うなんて、
年月の経つのは早いね。

ちょっとしたトラブルが有って、メガネが壊れたこともあり、
ミハルコフの映画には行かなかった。
メガネのことが直接の要因ではあるが、
思っていたよりも、ネットのレビューの評価が低かったことで、
映画館よりもネットカフェを選らんじゃった。

噂に聞いていた通り、東京のターミナルのネオンは暗かったし、
駅のエスカレーターやトイレの温風器は多く停められていた。
今までが明るすぎたり、異常なほどだったのだから、
これは相応しいことなのでは。

私のように田舎在住の者には、東京の方には失礼な表現になるかもしれないが、
この街は、進化しているというよりも、“膨張”していたように感じていた。
今回の震災と原発“事件”によって、その膨張が緩和されるのも、
必要なことなのでは、とも思わされた。

主よ、この国をお救い下さい。この街をあなたの栄光が表されるように
と願います。

説教作成の合い間を使って・・・

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東京出張

明日の月曜から、急に東京出張になった。
正確にはさいたまだが・・・

私たちの教会が連なっている日本バプテスト連盟は、全国に13の地方連合がある。
ここは中国・四国バプテスト教会連合

その全国の連絡協議会への参加

通常は地方連合会長が出席するのだが、会長の先生が体調不良となられ、
常置委員の私に出席の依頼がきた。

連絡があったのは、先週の金曜日のこと。
スケジュールを確認すると、特に大きな予定はないので、
引き受けさせていただいた。

ただやはり、飛行機チケットはノーマルに近い運賃である。
こちらが負担するのではないとはいえ・・・

震災後に東京がどうなっているのか
聞くところによると、新宿や渋谷などのターミナルは
以前よりもかなり暗くなっているという。

だいたいが、今までが明るすぎたのだから。
それで、やっと正気に戻りつつあるのかもしれない。

ついでと言っては何だが、墨田区にいる姪っ子に会うことにした。
震災の翌日もメールはしていたが、どうしているのか

と気にはなっていたので。

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