カテゴリー「政治」の3件の投稿

チェンジ

と言えば、オバマ大統領だが、日本においても“チェンジ”が現実に起こっている。

小泉元首相おひざ元 「チェンジ」 横須賀市長に吉田氏

吉田雄人さんは、当選後も駅に立ち続け「おはようございます。これからもよろしくお願いします」と市民に呼びかけている。その回数は1200回以上にのぼるという。かけているタスキには、“本人”の文字が。

「彼は雨の日も風の日も立っていた。日ごろどこで何しているのか分からない人に選挙前だけお願いされても困るけど・・・」

とは町の人の声。

マニフェストの表紙には「チェンジ。やればできる!」の文字。その中には“す”、“2”、“4”、“長”の印があり、これは公約を実施する上での分類。

「“す”ぐにやる、“2”年目までに実施、“4”年ぐらいかかる、それ以上“長”くかかる」

“す”の項には「市長と副市長専用の公用車の廃止がある。これで年間3100万円が節約できるという。

ノリは年齢どおり若く、ユーモアもたっぷり。

(チェンジについて)「米国オバマ大統領とキムタクのドラマからぱくりました」「外見ではキムタクに負けるが、中身では負けない」「チェンジはオバマさんからとってます。“まねふぇすと”」

選挙前には泡沫候補扱いだった時期もあった。宣伝カーは一切使わず、自転車で選挙運動をした。そのうちに自転車の後をついてまわる人が現れた。勝手連的に支持しようという人たちが集まり、その数はどんどん増えていった。1000円、2000円という小額の寄付が集まり、1000万円を超えるまでにいたった。

現職を支持した市会議員は言う。「千葉市長選で若い候補が勝ったらつらい、という話はしていた。うちの後援会も若い連中の一部が吉田氏の応援にまわった。抑えきれない風だった」。

基地の町横須賀では、当然のこと、基地をめぐる課題は多くある。基地には2万人の米兵が駐留し、そこではおよそ5000人の日本人が今も働いている。基地交付金は年間2億円を超え、2年前からは原子力空母の寄港で10年間に70億円が市に支払われている。今回の選挙では基地問題は大きな争点とならず、基地反対の候補者が落選した。

若さとチェンジを掲げた新市長の手腕がこれから問われる。今後とも注目していきたい。

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2・11集会

2日たってしまったが、12日の信教の自由を守る集会に出席した。元東北学院の森野善右衛門先生からいろいろと教えていただけて、感謝。

政府は憲法を改定しようとしているのではない。新たな憲法を創り出そうとしているのだ。憲法前文に「これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」とあることからも、自民党の打ち出している『新憲法創案』は問題である。そして護憲一辺倒では、「より良いものに変えようとしてはいけないのか」と言われればば、何も言えなくなり、今の流れを止めることは出来ない。憲法を変えてはならないのではない、“新しい憲法を創ってはならない”のだ。

国を愛するとは何か。先生は何人かの方のことを取上げられたが、中でも印象深かったのは、司馬遼太郎。その著書より『街道をゆく』を取り上げ、司馬の視点は、常に中央からではなく、“周辺”から世界を見るものであったとおっしゃった。中央を見るだけで、その国の全貌は、世界は分かろうはずがない。周辺部に目を注いでこそ、全体が見える。その視点を欠いた愛国心は全く危険であり、真の愛国心とはならない。

森野先生感謝します。

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機械には機械的に頭を下げておけば というのか・・・  ~柳沢発言にひと言~

柳沢厚労相への批判のボルテージは上がる一方だ。講演の中で、会場の理解が得られてないと感じ、「モノを生産する例なら(分かりやすい)との思いがよぎった」からと弁明しているが、このようなデリケートな問題を単に分かりやすく説明しようと考えること自体が問題に思える。出産を「モノを生産する」機械にたとえようとする発想に、人間をどのように見ているか、命の尊厳への思いの欠如が表われているようにも思う。本音が出てしまったというのが真相だろう。更に辞任要求書を持参した野党の女性議員たちに「私は娘たちにも男性と同じ教育を受けさせた」と発言し、ますます顰蹙を買ったとのこと。

ネット上である人が「『機械的に頭を下げておけば批判もそのうち鎮静化して機械的に収まるだろう。』そのように、機械的に考えておられるようだ」と書ているのを読んだが、そう思われてもしかたがないのじゃないかな。厚労省幹部の一人が「昭和10年生まれだから」と時代の所為だともとれることを言っているが、時代の所為ばかりとは思えない。女性に対してばかりでなく、他人に対する敬意のなさが産んだ発言であろう。そういう人に限って、自分自身をも愛せておらず、自らの命を粗末に思っているケースが多い。夫婦別姓が認められるのは何時のことか・・・・。

しかし、それにしても、今回のような失言問題があった時の野党の鬼の首でも取ったかのような行動にもついていけない気持ちとなる。相手の失敗を待って、そうならないと攻めにうって出れないのは、明らかに力量不足であろう

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