カテゴリー「現代社会」の7件の投稿

コンピューターに使われる?

昨日は大慌ての1日であった。

インターネットが一部のサイトにつながらなくなったから。ワードやメールも正常に作動するし、大抵のサイトにも問題なくつながる。一時は途方にくれたが、結局単純なことが原因だったので、無事元には戻ったから良かったのだが・・・

コンピューターが故障、とまでは行かなくとも不具合を生じる度に思わされる。パソコンは本当に便利だし重宝だし、インターネットによって自分の世界を一挙に広げてくれるだけのものではある。

しかし、である。そうだ、だが、しかし、である。

いったい人間はコンピューターを使っているのか、コンピューターに使われているのか判らなくなる。言い換えれば、私たちはパソコンにに支配されているように感じる。

今回は、ワードもメールも大丈夫だったから良かったが、全面的に使えなくなると、仕事にならなくなる。私のようなものでもそうなのだから、全面的に用いている職種の方だと、もうどうしようもなくなってしまう。実際、コンピューターが動かなくなると、社会の様々な機能がストップしての混乱のニュースはしょっちょう耳にする。

『2001年宇宙の旅』の主題もそうだった。スタンリー・キューブリックは、40年以上前のあの映画でコンピューターの反乱を描き、警鐘を鳴らしたが、それは現実となっている・・・

何はともあれ、ホッとした。 と言うのも、つながらなくなったサイトの一つが、cocologだったから、ブログに入れなかったから・・・

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名前

私には“名前”が二つある。“戸籍名”と“通名”である。結婚に際して、私は妻の戸籍に入った。これはよく誤解されるのだが、妻の実家の養子になったのではない。

その頃は深く考えずに、軽い気持ちで「葛目」姓もいいかと思った。元々「平林」姓に大したこだわりもなかったから。それに当時(1994年)は夫婦別姓法案が国会を通過しそうな状勢であったことも大きい。結婚したのが94年の1月で、すぐに入籍せず(入籍はその年の8月)、結婚前に提出していた旧姓の願書のまま神学校(西南大神学部)に入学したのだが、名前の変更の手続きをしないままに、学びを続け、教会生活を続けた。

変更しようかとも考えたのだが、実際役所や病院で、「葛目さーん」と呼ばれても実感をもてないのである。さすがに今ではもう慣れはしたが、戸籍がどうであれ、「私は平林稔だ」との思いが強く心に起こるのである。自分が名乗る名前くらい、自分で決めてよいではないか。私は生まれてから入籍するまでの間、平林稔として生きてきたのだ。それが急に葛目稔になれといわれても、そんな簡単なことではない。

「名は体を表す」とはよく言ったのもので、本当にそうだと思う。聖書は「名」を特に重視する。イエス・キリストの名に力があることを繰り返す。

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みんながあつまれる場

生協からの申し出で、地域住民の方たちが気兼ねなく、誰もが集まれるコミュニティの場の会場として教会をお貸しすることとなった。名づけて“みんながあつまれる場”。

地域に開かれた教会になればとの願いに対する神さまの一つの導きであろう。地域共同体が壊れてしまっている現代にあって、このように地域の方たちが集える場所はとても貴重な場だと思う。特に、高齢者の方たちが小さなお子さんたちと交流を持てる場、そこに障がいのある方をも巻き込んで触れ合うことが出来れば、本当に素晴らしいと思う。そんな場所として教会が用いていただけることはとても感謝なことだ。

今週の金曜日から始まる。どれだけの人が集って下さるのか、全く未知数だし、正直最初の頃は、誰も来られないかもしれない。しかしそれでも、地域共同体再生のためにも、地道に取り組んでいきたいと願っている。

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講演会を終えて

いや~、マダムはさすが!まさか、ピッタリとは・・・。来会者の完全な人数は分からないが、180人は来られていたのは確か。

今朝のブログに書いた通り、マダムの票読みならぬ、客読みは180であった。それを聞いた私は「そらちょっと厳しい」どころか「ま、それは無いだろう」と思ったものだった。正直に言って、私の当初の予想は50~100というところ。昨日のマダムの話を聞いても、「うまくいっても120かな」と思っていた。

数の問題じゃないというのも簡単だ。しかし昨日前田さんもおっしゃっていたが、質と量、両方がそろわなければいけないと思う、いやそう確信する。きれいごとや正しさだけをぶち上げても、それが人をひきつけなければ、人の考えや生き方を変えることにつながらなければ意味がない。180はたかだか180だとも言える。しかし私たちは、全く何の組織も持たない、市民サロンである。そのことを考えると、何もせずにいるのでなく、行動することに意味があるのだ。マダムがおっしゃるように、「平和を求めて、市民にできることをひとつでも」だ。

感謝、感謝な日であった。

さあ、今から本業に戻るぞ!!明日の宣教の進捗度は50%。

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前田康博講演会

さあ、とうとう講演会(5月11日の項)の日となった。

ここまで、私は周囲の者に切符を勧めること以外は周辺でお手伝い程度のことしかしていないが、“北”の問題を扱うことの難しさというか、ややこしさの一端に触れた気になっている。

昨日は、マダムと一緒に前田さんをお迎えに行き、少し観光、そして夜の懇親会に参加した。とても気さくなお方で、安心した。

さあ、軽い気持ちで講演会の司会役を引き受けたのだが・・・どうなることか、主よ、お助け下さい。

マダムは座席用のイスを180まで確保したという。はてさて、どうなることやら。ウ~ン、幾らなんでも180はいかないのじゃないかなあ、マダム!4・28の某団体の集会が120は入っていたから、それよりは多く集めたい、とおっしゃっる。それはその通りなのですがねえ・・・

昨夜の話でも、現在、“北”問題は金になるらしい。但し、それは“拉致”問題を面白可笑しく適当に、北は怖い、と扱えばであり、今回の講演のような迫り方をすれば、なかなか注目を集めることはない。

しかし、・・・である。

そうだ。だが、しかし である。

前田さんは、国の外交のあり方は、その国の現状を表す鏡のようなものだとおっしゃっる。結局、北朝鮮がどんな国であるかが問題なのではなく、日本の国のあり方こそが問題なのだ。今の日本のおかれている現状、いや、おかれているというより、日本が選び取っている国のあり方は、何かおかしいのだ。マダムのおっしゃっる通り、今こそ、9条をかえようとしている現状の中で、北の問題をきちんと見定めておくことはとても有意義なことなのだ。主よ、どうぞ今日の講演会を用いて下さい。そして僕(しもべ)をそのために用いて下さい。

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サロン金曜日講演会

今日は朝から丸亀に出張。6月に行なう連合(中国・四国バプテスト教会連合)の牧師研修会の話し合い。今回の会場はKKR高松 さぬき荘。シングルで1泊朝食付きで3800円とえらく安いと思ったら、KKRとは国家公務員共済組合の施設だった。どうりで安いわけだ。私たちキリスト教の牧師が国家公務員であるはずはないのだが。税金を使ってのことかもしれないからと考えると・・・。でも、この値段にはかえられない、と妙に納得してしまう。

とんぼ返りで車をすっ飛ばして帰って来て、夜はサロン金曜日のいつもの集まりに出席。6月に行なう講演会の打ち合わせ等。国民投票法案も衆議院に続き、参議院でも強行採決されそうな今の動き。9条を変えようとするその流れに、北朝鮮問題が利用されているように思える。今の日本政府側は「拉致」の問題ばかりに焦点をあてている。このことと憲法改悪の思惑とが通底していることは明らかだ。朝鮮半島の平和を抜きにしては、日本の安全保障も平和な国づくりもないのでは。だからこそ、一連の北朝鮮バッシングの真意を、私たちはきちんと見定める必要がある。核問題の解決を目指して開かれている6カ国協議がどんどん進んでいる中で、日本政府は拉致問題にばかり終始し、ますます孤立化しているように思える。高知のようなところでは、拉致の問題なんか関係もないし、影響も受けていないと思っていたら、どうもそんなことはないようだ。北朝鮮脅威論を持ち出して、自衛隊をより強固なものにし、救出に行ってもらわねばと主張しているグループが高知にもあるというのだ。「拉致」問題の影響は、日本全国に深く浸透している。

今回の講演会を通して、日本の進むべき道を、またこの国のそして、世界の平和を願う私たちが何をなすべきかを考えていきたい。

  サロン金曜日講演会

前進した6者協議・孤立する日本                                          「拉致」だけではわからない朝鮮 

 講師:前田康博(元毎日新聞ソウル支局長)   

 6月2日(土)午後2時 高新文化ホール

  参加費1000円(高校生以下無料)

問い合わせ等は、私までメール(bap8saki@ma.pikara.ne.jp)下さい。

                                      

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新聞から

今朝の毎日新聞朝刊に、「メタボなんて目じゃない 200㌔減量 いま360キロ」との見出し。

メキシコ在住の41歳の男性(だと思う)が200㌔の減量に成功して、5年ぶりに外出したとのこと。ということは、その前は体重は560㌔ってこと?! 6人がかりでベッドを押しての外出だそうだから、大変だ。

「周囲は楽団の演奏とシャンパンで5年ぶりの外出と減量を祝福。フォークリフトでトレーラーの二台に乗せられ、近所を回ったウリベさんは『空は青く美しい』と感激していた。身長が191㌢あるため、120㌔まで体重を減らし、1人で外出できるようになるのが目標だという。」

他人事ではない。私の下腹部のたるみが徐々に戻ってきている。病気以後高知に来るまで、70㌔台前半をキープしていたのに、気づくと76キロを超えている。週2度のスポーツジム通いを定着させねば。

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