嗚呼 新藤兼人監督
先週火曜日の5月29日に映画監督の新藤兼人氏が亡くなられた。享年100歳。現在の邦画界は言うに及ばず、日本映画史上最高齢の監督であり、世界的に見ても、ポルトガルのマノエル・ド・オリヴェイラ(現在103歳)に次ぐ存在だといえ、世界的にも特異な映画監督であった。
新聞で「新藤兼人の凄いのは、最晩年に自身の最高作と言える作品を遺したこと」とあるのを読んだ。
映画監督は激務である。
現場に立ち会わずに、指示をだけを出すことでも、映画を監督することも可能ではあろうが、新藤兼人は現場にこだわって、98歳で生涯の代表作となった『一枚のハガキ』を撮り上げた。
多くの著名な名監督と言えど、その晩年の作品の中には、作品的に落ちるものもあり、最高作と言えるのは、脂がのりきっていた時期のものであろう。
その旺盛な制作力には舌をまくほどである。脚本家としては『安城家の舞踏会』『わが生涯の輝ける日』(吉村公三郎監督)、『裸の太陽』(家城巳代治監督)『しとやかな獣』(川島雄三監督)、『けんかえれじい』(鈴木清順監督)、『軍旗はためく下に』(深作欣二監督)等々のそれぞれの監督の代表作と言える作品を始め、テレビドラマ、演劇作を含めると、370本に及ぶという。
生家は広島県の豪農であったが、14歳の時に父の破産により一家は離散した。21歳の時に居候していた兄の家で観た山中貞夫監督の『盤嶽の一生』に魅せられ、映画人として歩むことを志すが、道は狭く、映画人としてのキャリアのスタートが、新興キネマ現像部のフィルム乾燥の雑役の仕事だったというのも、苦労人新藤兼人を象徴するものと思える。その後美術部を経て、溝口健二監督に師事し、松竹大船撮影所の脚本部に移るが、終戦間際の1944年に32歳で召集され、翌年終戦を迎える。この時の自分よりずっと年下の上等兵に連日殴られ続けたことや、軍艦の無い海軍での理不尽な訓練の毎日は、60年後に『陸に上がった軍艦』として制作された(証言と脚本)。
終戦後脚本家として成功をおさめるも、松竹首脳部から「新藤の脚本は社会性が強くて暗い」と言われたことに反発。松竹を退社して、独立プロの先駆けとなる近代映画協会を設立、大手の資本によらず、独創的で高い作家精神を保ち、旺盛に監督として作品を生み出した。
戦後初めて原爆を取り上げた『原爆の子』、米国の水爆実験に取材した『第五福竜丸』、広島原爆で被爆し全員が命をおとした移動演劇隊の桜隊を描いた『さくら隊散る』、体調不良のため監督は出来なかったが、自身の戦争体験から、戦争の愚かさを訴えた『陸に上がった軍艦』。
19歳で連続殺人事件を犯した永山則夫の『裸の十九歳』、家庭内暴力に明け暮れる息子を父親が絞殺した実際の事件を扱った『絞殺』、社会問題化したいじめ問題を訴えた『ブラックボード』杉村春子と彼の実際の長年のパートナーであった乙羽信子を迎えて「人間の老いと生」を描いた後期の代表作と言える『午後の遺言状』、それぞれの時代と社会をテーマにした監督作が並ぶ。
また、自らの映画の師匠である溝口健二を取材し、自身が39人の関係者へのインタビューをまとめた『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』、津軽三味線の名人高橋竹山の苦難の生涯をドラマ化した『竹山ひとり旅』、盟友殿山泰司に取材した『三文役者』、文豪永井荷風の私小説を原作にした『墨東綺譚』等
これらはいずれも独立プロ作品として、資金繰りに苦労しながら、自らの脚本を監督した。
新藤兼人は、全く天才ではない。器用なタイプの監督でもない。ただ真摯に徹底的に題材に向き合い、映画にすることに拘った映像作家である。その新藤監督の映画作りにこだわった人となりの象徴的な作品が『裸の島』であろう。
1960年制作のこの作品は、資金がなく、近代映画協会の解散記念作として、キャスト二人(乙羽信子と殿山泰司)とスタッフ11人で瀬戸内海ロケを350万円(550万とも)の低予算で敢行したモノ。セリフの一切ない実験的な無言劇。解散記念作のつもりであったのが、モスクワ映画祭でグランプリを獲ったことで、各国から上映のオファーが舞い込み、最終的には世界62か国に上映権が売れ、それまでの借金を返済出来たため、解散をまぬかれ、現在に至っている。
98歳にして、遺作となった『一枚のハガキ』
新藤監督の最高作と評判も高く、キネマ旬報始め、昨年のベストワンに選出されているが、私はまだ未見。高知のレンタルショップでは、各店に一本しか置かれておらず、残念ながらずっと貸し出し中。監督の死により、ますます借りにくくなってしまうだろう・・・予約しておこうか。
戦争の記憶が風化しつつある昨今、平和を訴え、戦争の愚かさを、一貫して訴え続けた、映画人新藤兼人さん
あっぱれ!である。
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