カテゴリー「日記」の86件の投稿

『フルスイング』

2008年に放映されたNHK土曜ドラマ

30年間にわたってプロ野球のバッティングコーチを務めた高畠導宏氏が引退後に福岡の高校で、1年間教師をした実話を基にしたドラマ。

同年の放送文化基金賞のテレビドラマ番組賞、主演の高橋克実がギャラクシー賞を受賞している。

なかなか見応えがあった。

中でも第四話の『キャッチ』はお勧め。

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うーん、残念!

本日早朝に帰って来る予定であった妻は、水曜日に転んでケガをし
たらしく、戻りを延期した。

元々、月曜の朝には、高知を発つ予定だったから、キツキツのスケ
ジュールだったし、彼女の体調を考えれば良かったのだと、
納得しようと思うが、寂しさもちょっぴり…

水曜の福岡は大雨で、荷物を運んでいる際に転び、
足の爪を剥がしたとのこと。

ありゃりゃ、
その三日後の昨日、私も転んで、その際左手で体を
支えようとして、左手の甲を床で打ち、腫れてしまったのだった。

何だか、奇妙な偶然に驚いた。

実は、妻の母に懇々と「転ばないように」と注意をしていたのに、
娘夫婦が、転んでいては仕方がない。

私の左手であるが、一晩たって、少し腫れも痛みはひいたものの
まだ、不自由さは残っている。車の運転は、出来なくはないが、
ちょっとしづらい・・・

右手でなくて良かった…と思っていたら、
実際こうなってみて気づいたのだが、
左手って、メインに使うことはあまりないが、
右手の動作(作業)を支えたり、補助的に使っているの
が多いことが分かった。

そんなこんなで、礼拝が終わろうとしていた頃、

外京さんから電話で

「今から、大飯に行くが、ドライバーとして
行ってもらえないか」

との打診。

うーん、手がこんな状態でなかったら、行くのになあ

残念!

昨夜から、現地は大変な状況らしく、
機動隊まで出動しているとのこと。

妻のけがは、神さまがストップかけられたのだなと、
すぐに思ったけど、
私のけがも、神さまからの働きかけなのかな・・・

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嵐を呼ばない男 ?!

台風5号は熱帯低気圧になったようだが、梅雨前線を刺激している関係で、局地的な大雨もありそうな空模様。明日に予定していた県外出張は、明後日に先延ばしになった。

今後かなりの雨量が予想されているから、高知もどうなるかは分からないが、今回の季節外れの台風騒動、台風の直撃はまぬかれたようだ。

今回のことはそれほどでもないのだが、どうやら私は、嵐を呼ばない男なのか、台風が避けていくことが続いている。

かつては、台風銀座と呼ばれるほどに、台風の上陸の多かった高知だが、近年、特に私がやって来てからは、そうではなく、昨年9月に紀伊半島などで大きな被害を及ぼした台風12号が上陸したのは、高知では7年ぶりのことだった。

が、実は、この時 私は高知にいなかったのだった……

だが、その前に、8年前のことから語ることをお許しいただきたい。

覚えておられるかどうか、この2004年は過去に例を見ないほどに台風が日本を襲った年だった。発生した29個のうち、日本に上陸したのがなんと10個!それまでの最多であった1990年と1993年の6個を大きく上回り、中でも、10月の台風23号は、各地で大きな被害をもたらし、全国で98人の死者行方不明の方を出した。

この年、高知県には、確か4回か5回上陸したと記憶している。私の妻の実家は、ピーマン農家であったこと(今は行なっていない)から、台風が発生するたびに、自分が住んでいる所への影響以上に、高知に台風が上陸するかどうかを常に気にしていた。私は福岡市に在住であったが、気が気でなかったのを今でも鮮烈に覚えている。

その翌年に私は高知の現在の教会に着任した。

それからも昨年まで、何度も直撃しそうな台風はあった。しかし、まともに高知県に上陸する台風は一つもなかった。

それが、である。

昨年の7月のこと。
ちょうど、北海道から友人が高知に遊びに来ていたのだが、その時に発生した台風6号は、高知の南からまさに直撃の進路をとりそうな様相だった。この時ばかりは、ついに台風の直撃かと、私は観念した。

だが、この台風6号は“迷走”したのだった。

   
   台風6号の進路図

高知を避け、大きく東に旋回し、四国では徳島県の南部に少しだけ上陸し、すぐに通過していった・・・

そして、9月3日にこの年の12号がついに、高知に上陸した。

   
   台風12号進路図   

 高知としては、7年ぶりの台風上陸だった。
が、上に記したように、この時私は高知不在であった。
神奈川県で行なわれた経験年数別の牧師の研修会(5~7日)に参加し、それに合わせて、自分の休暇を取らせてもらい、8月末から東京に居り、高知に上陸した9月3日は、東京の友人宅にいた。

とても大型の台風だったが、その頃の進路予測では、もっと東寄りに進路を取り、中部地方から関東圏を通過しそうに報道していた。
だから、私は、東京で台風に遭遇することになったと、

今度こそ、今度こそ 観念したのだが・・・

  
     12号進路予想図

もっと東寄りのコースを進みそうな予報を見たのだが、ネットでは見つけ切らなかった。

そして、実際の進路はどうなったか

  0901進路図3 : 0901進路図3

関東圏にはほとんど影響なく、私がいぬ間の高知県東部に上陸し、県では避難勧告の出された場所もあったそうだ。

自然界のことである。だからどうだ、と言いたいのででもないが、

それにしてもだ。

台風は私を避けていく

この時、和歌山県では、大きな被害 50人以上の方が命をおとされ、世界遺産の那智大社が土砂で埋まったのだから、能天気に喜んでいるわけではないだが・・・

それにしても、それにしても・・・

お遊びのような記事
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陣内大蔵チャペルコンサート 迫る!

  陣内大蔵チャペルコンサート

    10月15日(土) 13時半~15時         

 入場無料  

高知伊勢崎教会

 どなた様もご自由にご参加ください。

    コンサート後にサイン会(CD・書籍購入者)を行ないます。

『心の扉』

『僕の風が今変わった』

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故郷へ 人物篇

のっぴきならない用事はなかったが、友人知人に会いたいという気持ちが
引き金になったことは疑いない。

今回は、京都教会のO牧師にお世話になった。ご夫妻と子どもたちに感謝感謝!
特に末っ子のKちゃんが一緒に遊んでくれたことに、おじさんは感激だった。

北山教会のK牧師夫妻とは、久しぶり、特にお連れ合いのSさんとは、
神学校卒業以来じゃないかな。京都で牧会、お祈りしてます。

旧友のA君、いつもメールでやり取りしているとはいえ、やっぱ顔と顔と合わせて、
語り合えたのは嬉しかったな。君とは、中学の3年間と高校1年までよく遊んだな。

母教会で一緒に歩んだ、Nさん・Fさんご夫妻、 いろいろ有ったけど、
教派は違えど、“同業者”として歩めるのは、とても嬉しいです。
あのカレーはホンマ絶品でした。今度は、是非、高知で会いましょう。

母教会のみぎわ教会は、8年ぶりかな。H先生ご夫妻は、私の恩師です。
あの会堂に移って、18年になると聞いて驚きました。
お二人とお話していると、時間を忘れ、大学生時代に戻った気持ちになります。
先生から「平林先生が、みぎわ教会出身の牧師の第一号ですね」
と言われた時は、地下に穴を掘って入りたいほど、恐縮しました。

O君とも8年ぶりかな?みぎわ教会に紹介した者として、あなたが教会のメンバーとして
歩んでくれ、責任役員として重責を担ってくれているのは、とても嬉しいです。
学者研究者としての道のりは、厳しいだろうけど、ずっと祈り続けるからね。
妻の記事を読んだ、と伝えてくれたのも、O君が最初でした。ありがとうね。

仕上げは、四条大宮でのミニ同窓会。K君とTっちゃん、仕事終ってお疲れのところ、
出向いてくれて、ホンマにうれしかった。懐かしいなあ。
やっぱ、持つべきモノは同級生やね。お互いにおっさんになったけど、
それでも、会った瞬間に、中学生に戻れるものね。
今回は、こじんまりとした集まりにしたかったので、気を遣わせて申し訳なかった。
次は、O君やF君、それにMちゃんも誘いたいね。

皆さん、本当にありがとう。お一人おひとりの上に、神さまの祝福が豊かにありますように。

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故郷へ 街並み篇

「平林さん、京都に来られたのは、何か用事があったの?」

何人もから、そのように問われた。

今回の京都行き(22日~24日)には、のっぴきならない用事があったわけではない。
本州(福山)に渡るなら、京都まで足を伸ばそうと思い立ったから。
福山から京都まで約250キロ、高速で2時間半は、ついでと言えるほどの距離ではないのだが・・・

久しぶりの京都、しかもその頃は運転免許を持っていなかったから、
慣れ親しんだ街ではあっても、自分で運転して走るのは初めてのこと。
何とも不思議な感覚になったものだ。

しかし、やはり京都の街並みは良い。故郷だからというのだけではないように思う。
平板な言葉しか思い浮かばないが、町全体に風情を感じるのだ。

月曜日が雨だったので、楽しみにしていた御所散策は途中で打ち切らざるを得なかったが、
子どもの頃に
遊んだことや、中高生時代に行なった他愛もない“愚行”など、
ここでの思い出はつきない。

翌火曜日は、一転して快晴。午後から植物園を歩いた。ここは中学まで、遠足(?)や
学校の写生大会でよく来た。正門とは別に北山通りに門が出来ていて、今ではそっちが
正門のようになっているという。

ショックだったのは、生まれ育った私の家がなくなっていたこと。
元々が借家であり、両親が信州に越して行ったこともあり、自分の家ではなくなっていた。
8年前にはまだそのまま残っていたのだが、全く建て替えられていて、面影がなかったのには、
何だか故郷を失ったような複雑な思いとなった。

でもやっぱ、故郷は懐かしく、良い物だ。

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ある日の祈祷会から

「わたしが命のパンである。」(ヨハネ6章48節)

この時、群衆たちは、“奇跡をもう一度”とばかりに、イエスさまの周りに群がっていました。
先日の5000人の給食、
二匹の魚と五つのパンで、男だけで5000人(女性と子どもを入れれば2万人以上とも言われる)
を腹いっぱい食べさせたことが忘れられなかったのでしょう。

無理もないと思います。彼らはそれほど飢えていたのです。

その群衆に対してイエスさまは
「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、
パンを食べて満腹したからだ。」(6章26節)

とおっしゃいます。

群衆たちは、イエスさまの真意が分かってはなかったのです。

イエスさまが人々に単に肉のパンを与えようとはしておられなかったのは明らかです。
では、イエスさまは“精神を満たす”パンを与えようとされたのでしょうか。

それは  否  です。

精神を満たすパン
それは世の中に満ち溢れています。

たとえば、心落ち着かせるために、山や自然を散策する
これも精神を満たすパンでしょう。
また、私もよくやるのですが、モーツァルトの音楽に耳を傾け、心を癒す
これも精神を満たすパンです。
人によっては、スポーツで汗を流す
極端に言えば、パチンコに没頭すること
これも精神的なパンになります。

イエスさまは、私たちにとってそのような精神のパンでは
決してありません。
イエスさまは、「命のパン」なのです。

ご自身はおっしゃいます。
「わたしは命のパンである・・・これは天から降って来たパンであり、
これを食べるモノは死なない。
わたしは、天から降って来た生きたパンである。
このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。
わたしが与えるパンとは、
世を生かすためのわたしの肉のことである。」(ヨハネ6章48~51節)

永遠の命
それは、この地上で生涯が永遠に続くということではありません。

命のパンであるイエスさまを食することで、
私たちは、死をも乗り越えて、復活して下さったイエスさまが、
どんな中にあっても共に居て下さること
それがイエスさまが与えて下さる永遠の命なのです。

だから、私たちは、どんな試練、どんな艱難、どんな苦しみ、
たとえ、この世の全てを失おうとも、
また、
この世の全ての人から見捨てられようとも、
イエスさまから見捨てられることはない、
イエスさまは、いつも共に居て下さる
インマヌエルの神なのです。

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秋の特別集会 陣内大蔵 チャーチ・コンサートのお知らせ

震災の話題からは大きく外れるが、ちょっと嬉しいことを・・・原発関連のことは、これからゆっくりと(ホンマやな<`ヘ´>との声が聞こえるが・・・)

伊勢崎教会では、毎年特別集会を行なっている。以前は“特伝(特別伝道集会)”と呼んでいたが、外部の人を誘うのに、こういった名前では、何のことやら分からないので、特別集会として宣伝している。

例年、一年おきに、音楽集会と講演会を交互に行なっているが、今年は音楽関係の方をお招きして、“ライブ&メッセージ”を行なうことで、人選を進めてきた。

陣内大蔵(じんのうちたいぞう)氏は、現在、日本キリスト教団東美教会の主任牧師。と同時に、徳間ジャパンコミュニケーションズと専属契約を結んで活動する現役のシンガーソングライターでもある。

実は、私は“陣内大蔵”の20年来のファンなので、ちょっと興奮している。先日、電話で話した時には、牧師モードではなく、一ファンになってしまっていた。だが、誤解なきよう、決して牧師の特権を利用して、強引に決めたのではないことは一言述べておこう。

“陣内大蔵”との出会いは、私の東京時代、キリスト新聞社に勤めていたころ。同僚の一人から教えられ、2度ほどコンサートに行った。この頃、“陣内大蔵”は関学の神学部を休学しながら活動していた。

ご本人からいただいたプロフィールによると

陣内大蔵(じんのうちたいぞう)。シンガーソングライター。 1965年生まれ。45歳。山口県宇部市出身、牧師家庭に生まれ育つ。関西学院大学神学部在学中の’88年に、シングル「いと小さき君の為に」、アルバム「MORATORIUM」でシンガーソングライターとしてメジャーデビュー。以降、「深呼吸」・「空よ」・「心の扉」・「新しい風」・「僕は風 君は空」などのスマッシュヒット曲を含む11枚のオリジナルアルバムをリリース(他、シングル23枚、ベスト盤6枚)。数々のTV番組主題歌・CMソングなどを手がけ、また作家としても、少年隊・吉田栄作・永井真理子・チャゲ・沢田研二・アジアのシンガー等に楽曲を提供。その他、ラジオ番組DJ ・専門学校講師・サウンドプロデュース・山口ふるさと大使、など活動は多岐に渡る。ソロ活動とは別にスーパーバンド「Vibes」(ヴァイブス)にもボーカルとして参加 。2枚のオリジナルアルバム(’03、’04)を日本コロンビアよりリリース[ メンバー : 斉藤ノブ・野呂一生(カシオペア)・難波弘之・小林信吾・松原秀樹・江口信夫]。 大学時代に中座した学びを再開するために、夜間の神学校である「日本聖書神学校(JBTS)」に’03年に入学。音楽活動を続けながら、’07年春卒業。日本キリスト教団東美教会(東京・吉祥寺)副牧師として就任。'09年秋に按手をうけ、’10年春より主任牧師となる。最近では通常の音楽活動とは別に、「ミュージシャン&クリスチャン」という立場で招かれ「チャーチコンサート」を催す機会も増え、「教会で生まれ育った」という自身の生い立ちからライフワークとして精力的に行なっている。’07.8に私小説風エッセイ『僕んちは教会だった』(日本キリスト教団出版局)を出版。出身地の山口県宇部市ではこの本が原作となり、市民劇「街のメロディー」として戯曲化された。その演劇に書き下ろした新曲「Where is God」を含むデビュー20周年記念ベストアルバム「Jinnouchi~20years~」を’08.3にBMG JAPANよりリリース。また、'09年秋には歌旅エッセイ『そして僕は、今日も歌おう。』(日本キリスト教団出版局)を出版(新曲も含んだ5曲入りのCD付エッセイ)。

だそうだ。

今年に入って、妻が勤めている西南大でチャペルコンサートがあることを聞き、妻を通して、教会に来てもらえるかを打診したところ、すぐにメールを下さり、受諾をいただいた。日程は10月15日。詳細は今後相談しながら決めていくので、追々知らせていくつもり。気の早いはなしですが・・・

『空よ』(ドラマ『刑事貴族2』のエンディングテーマ)

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日本の国内総生産(GDP Gross Domestic Product)が中国に抜かれ、世界第三位となったことが報じられているが、約40年前から、経済成長至上主義のGDPでなく、精神的豊かさと国民自身の幸福感(満足感)を尺度とする国民総幸福量(GNH Gross National Happiness)の充足をこそ国造りの理念にしている国がある。それがブータン。ブータンはGDPランキングでは世界第162位(2009年度)であるが、国政調査では、国民の約9割が「幸福だ」と回答しているそうだ。
そのブータンのケサン・チョゼン・ワンクチュク王女が現在来日中である。そのインタビューの中で、彼女は「経済的な繁栄よりも、精神的な充足を重視すべき。持続可能な発展のためにGNHの理念を知ってほしい」と語った。
東八幡教会の牧師で、北九州ホームレス支援機構の理事長でもある奥田知志氏は、先日のテレビで「自己有用感」の大切さを語っていた。奥田氏は20年以上北九州市内でホームレス支援の活動をされているが、現代の日本社会は「経済的困窮」「身体的困窮」だけでなく、「関係的困窮」の中に多くの国民が置かれていることを指摘し、人と人との絶つことのできないつながりである「絆」の制度化を目指すべきことを訴えている。
人間はどのような時に、幸福を感じるのであろうか。特に現代のような貨幣経済社会にあっては、経済的な満たしは重要である。また、身体面において不安があっても、安心は得られないだろう。しかし、経済が満たされ、身体面の心配がなくなれば、人は幸せであれるのだろうか。
人間は関係性の生き物である。一切の関係を絶った中で生きていける人はまずいないだろう。関係性が満たされないことには、人は本当の意味で幸福感を感じることは出来ない。人同士のつながりこそが「絆」である。その意味で、絆がしっかり築けていれば、人は生きていけるし、幸福感を味わえるのではないだろうか。そして、そこに神さまとの絆が加われば、それはより強固なものとなる。神さまとの絆をしっかり保つことこそが、私たちを平安にしてくれる。

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ニコデモ

祈祷会では、現在ヨハネの福音書を読んでいる。昨日は3章のニコデモの場面だった。

ニコデモは、ファリサイ派に属する議員だったという。今で言うところの国会議員なのだろうが、当時の議会(サンヘドリン)の議員というのは、今よりも立場は上だったのかもしれない。

そんなニコデモが夜にイエスの元に来て「ラビ」と呼びかけて「あなたは本物の教師だ、あなたには神がついている」と言ったというのだ。これは何気ないことのようだが、なかなか口に出来ないセリフだし、実際このことが表ざたになれば大反響となったことだろう。

イエスは、この当時最近売り出し中の若い預言者ではあったろうが、まだ30歳になるかならないかの若造。そんな者のところにサンヘドリンの議員が自分の方から出向いて「ラビ」と声を掛けたという。

このイエスとの問答の結果、ニコデモがイエスを信じたとは記されてはいない。ただヨハネ福音書は、イエスの弟子であることを隠していたアリマタヤのヨセフとともに、ニコデモがイエスの遺体を引き取りに行ったことを記している(18章39節)。これも当時としたら一大事件だ。世間を騒がしたお尋ね者、国家反逆罪で死刑になったそのならず者の遺体を、あろうことか時の権力者であったサンヘドリンの議員が受け取りに行ったのだから。

ニコデモは地位や立場に拘らない人物だったのだろう。本当に凄い者に対して、凄いと言える、それを認める度量があっただろう。ニコデモに倣いたい。

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