カテゴリー「神の国」の25件の投稿

一人ひとりに出来ること

 日本バプテスト連盟(以下、連盟)の地方連合連絡協議会(以下、協議会)が9~11日まで、浦和の連盟事務所で開催され、会長代理で出席した。これは全国13の地方連合(以下、連合)会長と全国4地区の地区宣教主事(※)と、常務理事・宣教部長とが会するもの。年2回開かれる。
 連盟と連合は別個な団体であり、連合は連盟から独立した運営体である。『第43回定期総会報告書』は、連盟と連合との関係を次のように確認している。
① 連盟とは「全国的な教会連合体」であり、連合は「限定された地域の連合体」である。
② 両者は共に教会を構成主体とするそれぞれ独立した共同体であって、組織的上下関係はない。両者は相互に主体性を尊重し、その活動領域の調整をはかり、或いは相互の責任関係を明らかにしつつ共同の働きをする。
また、協議会の理念・位置づけについては、「協議会は、連合相互の情報交換・交わり、及び連合と連盟の連絡協議の場であり、その為の共同の働き(相互補完的働き)をする機関である。」と謳っている。
 連盟の主体は、各個教会である。連盟や連合の活動が上位に位置したり、その活動が教会に優先するものでは決してない。連盟や連合、また協議会は、各個教会の活動を支えるために存在するにモノに過ぎない。
 しかし、各個教会は自主独立の立場を貫くことと同時に、連盟や連合との協力関係を忘れてしまっては、その存在意義を失うことになりかねない。連盟そして連合は、協力伝道体である。各個教会は、共に力を合わせて伝道活動を推進するために、連盟・連合に連なっているのである。
 伊勢崎教会は一県一教会である。意識していないと、連盟・連合に目が向かない状態に陥りかねない。協力伝道の第一歩、それは連盟、特に連合の集会に出席することである。これからも、連盟・連合のことを覚えていきたい。

※全国は、北日本(北海道・東北・北関東連合)東日本(東京・神奈川・西関東連合)西日本(中部・関西・中四国連合)九州(北九州・福岡・西九州・南九州連合)の4地区に分けられる。それぞれの地区に、地区宣教主事が配置されている。

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受難節

イースターまでの日曜日を除く40日間のことで、教派によっては「四旬節」(カトリック)、「大斎節(タイサイセツ)」(聖公会)とも呼ばれていますが、プロテスタント教会では、「受難節」や英語の「レント(Lent)」という呼称が一般的です。

受難節の最初の日が「灰の水曜日」で、今年は今週の9日でした。聖書では、灰は「悔い改め」や「清め」のシンボルであることから、カトリック教会などでは、この日に回心のしるしとして、頭や額に灰をかける典礼が守られます。

西方教会(カトリック・聖公会・プロテスタント諸派)の文化圏では、祝祭として、灰の水曜日の直前に「カーニバル(謝肉祭)」が行なわれます。古代や中世においては受難節の間は肉を絶つため、受難節に入る前にごちそうを食べて行なわれたのがこのカーニバルで、その習慣が現在でも続いているのですが、現代のカーニバルは、教会が行なうものではなく、通俗的な祭りだと言ってよいでしょう。

伝統的には、四旬節中は、食事の節制と祝宴の自粛がなされてきました。節制とは、祈り、断食、慈善による悔い改めの表明です。現在のカトリック教会を始めとする多くの西方教会では、そのような伝統的な考え方が否定されているわけではありませんが、神さまへの祈り、自分自身の節制、他人にして対しての慈善の三つが大切だと考えられています。

カトリック教会では、断食については、完全に食事を絶つというよりも、十分な食事を控えることとして捉えられており、大斎(ダイサイ)と小斎(ショウサイ)があります。大斎は、日に一度だけ十分な食事を摂ることと、朝食と残り一食をわずかな摂取にとどめることで、満60歳以下のすべての成人が守ります。小斎は、肉類を絶つことですが、各自の判断で愛徳のわざ、信心業、節制のわざの実行に代えることができ、これは満14歳以上の全ての人が守ります。

聖公会を除く多くのプロテスタント教会(勿論バプテストも)では、食事の節制や祝宴の自粛が勧められることは一般的にはありません。しかし、受難節は、主の受けられた苦しみに思いを馳せ、そのことを心に刻む時ですから、各自の判断で、“悔い改めの時”としての自分なりの受難節の過ごし方を確立する必要があるのではないでしょうか。

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待ち望む信仰

「また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。」(テトスへの手紙 2章 13節)

現代は“待たない”時代である。“待てない”時代と言ってもよいのかもしれない。店に行かずともインターネットで買い物が出来、朝を待たずとも24時間営業の店で欲しい物が手に入る。レジで待つことが厭われ、テレビ番組を見ている時も、コマーシャルの間が待てずにチャンネルを変えてしまう。社会は“便利”になったかもしれないが、それにつれて人は、益々“待てなく”なってしまった。“待つ”のは無駄であり、悪いことであり、「時が満ちるのをただ待つ」人間は愚か者と見なされているかのようだ。
現代人を待てなくしているもの、それは「恐れ」ではないだろうか。自分の将来を恐れ、まだ起こってもいない事柄を恐れる。愛の反対語の一つに恐れがあるが、恐れに囚われた心では、愛せないだけでなく、静かに待ち望むことはできない。それは現代人だけのことではないのだろう。だから、聖書は「恐れるな」と繰り返し命じ、耐え忍ぶこと、待ち望むことを教えている。
一説によると、箱舟を造った後、ノアは120年間待ち続けたとも言われている。アブラハムは、75歳で主の祝福の約束を受け(同12章4節)てから、イサクが与えられる100歳まで(同21章4節)、待ち望んだ。エジプトを出たユダヤの民は40年間荒れ野を耐え忍び、約束の地を目指した。
待つことは、決して消極的で受け身の姿勢ではない。待つことは、信頼を生み出し、信じる心には希望が芽生える。「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ40章31節)とある通りだ。
 全ての事に希望を持とう。どんなに不可能と思えることをも、主が益と変えて下さることを信じよう。祈りの答えがすぐに出ずとも、落ち着いた静かな心で待ち望む民に、主は必ず報いて下さる。

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冤罪を語る高知集会

先月のことになってしまったが、17日に高知の商工会館で、表題の“冤罪を語る高知集会”と題した集会が開かれた。

これは、4年前の3月に起こった一つの“事故” 詳しくは私の以前の記事を読んでいただければと思うし、そこにリンクしている瀬戸内海放送の映像を見れば、この“事故”が“事件”であることがよく分かってもらえると思う。

ちなみに、この“事件(高知白バイ事件)”のことは、先週発売された週刊文春(11/4号)にも

検察の「調書捏造」を告発する-検察史上、最大最悪のスキャンダル 大阪特捜部「FD改竄どころじゃない

と題した記事が大々的に出ているそうだ(私はまだ未見)

先月の“冤罪集会”は、翌日の10/18に事件で被告とされ1年4ヶ月の禁固刑を受けた片岡晴彦さんが再審の請求されることを後押しするために開かれたもの。

当日は、“足利事件”の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さん・杉山卓男さん、志布志事件の川畑幸夫さんも来高下さり、大谷昭宏さんがコメンテーターをして下さった。300人ほどの来場者があった。

この集会についても、次の小倉文三氏の記事を見ていただけたらと思うが、あまりの酷さとこの国が未だに三流国家であることを痛感させられた。まるで、江戸時代の悪代官がいまだにのさばっている。裁判官しかり、検察しかり、警察しかりだ。こんな国は“先進国”だとは全く言えない。開いた口がふさがらないとはまさにこのことだ。

一人でも多くの人に、この事件を知ってもらいたい、そして関心をいだいてもらいたい。週刊文春を読んでももらいたいし、面倒でしょうが、この記事内に貼った記事と映像をリンクしてみて下さるようにお願いします。

冤罪被害者の方たちが“かわいそう”ということだけではない、この国の司法がいかにデタラメで酷いものであるか、そしてそれは、私たち国民一人ひとりがいつまきこまれるかもしれない出来事だからです。

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真の正義

明日は終戦記念日、日本の国が戦争に負けたことの思いをこめると「敗戦記念日」と言うべきなのかもしれません。戦争責任の問題が取り上げられる時には、よく侵略戦争だったか自衛のための戦争であったかということが話題になります。当時の日本をめぐる国際情勢を考えると、確かに自衛のためであった点も否定は出来ないかと思います。しかし、わが国にどのような事情があったかを別にしても、あの戦争において日本が多くの国、特にアジア諸国に対して大きな被害を与えたことを消し去ることは出来ません。わが国も、大きな被害を被ったことは事実ですが、私たちは謙虚に、加害者であったことを受け止めなければならないと思います。

すべての戦争には、当事者の“事情”がありますが、一方の側のその事情は、相手にしてみれば全く不都合なこと、迷惑千万な話でしかありません。そしてその“事情”は往々にして“正義”の名にすりかえられるものです。しかしその“正義”とは、自国にとって都合の良い理由に過ぎず、真の意味での正義であろうはずがありません。“真の正義”、それは一方の側にのみ通用するものでは断じてなく、双方にとって正義でなければなりません。人間が自分の“事情”でつくり出す“正義”は、真の“正義”にはなりえません。

また、“正義”の名による戦争など、あろうはずがありません。何故か、真の正義は絶対に争わないからです。争いや戦いのあるところに真の正義は存在しないからです。真の正義とは、互いに愛し合うことでしかなく、愛は争わないからです。

そうだ、と思われる方、また関心を持たれた方、クリックお願いします。

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「君は弱いときにこそ」 晴佐久昌英

君が力を無くし、弱りきってしまったとき 君は奇跡を起こすことができる
君が打ちのめされ 泥水の中に倒れるとき 君の中に大いなる力が働く
君よ 何もするな 何も求めるな
なすすべもなく倒れたまま すべてゆだねて弱さのうちに沈んでゆけ
泥水の底に青空がひらけ 世界は君の痛みでいやされる
君は弱いときにこそ強い その手は 天の国の扉を開けている

君が夢破れ 死にたくなってしまったとき 君は奇跡を起こすことができる
君が疲れ果てて 夜の街をさまようとき 君の中に大いなる希望が生まれる
君よ 何もするな 何も語るな
あとかたもなく砕けたまま 黙って静かに闇をひきうけよ
夜はいつしか美しく明けそめて 世界は君の苦悩で生まれかわる
君は弱いときにこそ強い その瞳は 天の国の輝きを見ている

君がののしられ 悪しき力にとらわれたとき 君は奇跡を起こすことができる
君が抵抗できず 牢獄に投げこまれるとき 君の中に大いなる人が宿る
君よ 何もするな 何も弁解するな
汚名を背負わされたまま よろこんで鎖の重みにつぶされよ
鉄格子は王宮の柱となり 世界は君の犠牲でゆるされる
君は弱いときにこそ強い その瞳は 天の国のただなかにある

晴佐久昌英著『だいじょうぶだよ』女子パウロ会72~74ページ

「大きいことはいいことだ」と歌っていた頃には、もてはやされることはなかったであろう。
しかし低成長期に入り、いやそれどころか、“貧国大国”となった今の状況にあっては、
ここにうたわれていることがらに慰めを受ける方は多くおられることだろう。
そして、イエスさまこそが、この恵みと慰めを与えて下さるお方であることを思わされる。

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「祈るときは」 晴佐久昌英

祈るときは 春のうららのひなたぼっこ
ゆっくりとまぶたを閉じて なんにも考えないで
お日さまの親心を受けて あふれくる光に心をさらして
雑念を雑菌もろとも日に干して あくびなんかして
祈るくつろぎは ひなたぼっこ ふわあ

祈るときは 山深い温泉の露天風呂
ゆったりと手足をのばして なんにも気にしないで
大地の思いやりに包まれて あふれくるお湯に体を委ねて
疲れを湯気とともに星空へ放って 鼻唄なんか歌って
祈るよろこびは 露天風呂 ちゃぽん

祈るときは 腕の中で眠る赤ちゃん
ぐっすりと手足を丸めて なんにも悩まないで
お母さんのぬくもり信じて
あふれくる優しさに全てをあずけて
いやなことはよだれと一緒に流して 夢なんか見て
祈るやすらぎは 眠る赤ちゃん ばぶぶ

晴佐久昌英著『だいじょうぶだよ』女子パウロ会P23~25より
                                    
                                  
敬愛する晴佐久神父の詩の一つ。
祈りは神さまとの会話であり、交わりだという。しかし、何だか構えてしまい、よそよそしいものとなりがちではないか。この詩の祈りは、肩の力が抜けている。リラックスして、父なる神さまの懐に飛び込む。そんな思いにさせてくれる詩だ。

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奇跡のりんご

“奇跡のりんご”をご存知だろうか。りんごだけどみかんの味がする、そんなりんごなのだろうか、自分で育って実をつけるりんごの木なのだろうか、はたまた時間がたっても腐らないりんごなのだろうか…。
 弘前市でりんご農家を営む木村秋則さんは、当初は農薬を使ってりんごを栽培していた。しかし、農薬に弱い妻の体調が悪くなり、仕事にも出られなくなった。りんごは、特に害虫に弱く実がなるまでに10数回の農薬散布が必要だとされている。しかし妻の体のためにと、木村さんは一念発起、農薬を使わない無農薬・無肥料のりんごの栽培に挑戦し始めた。
 しかし、農薬使用が当然とされる中で、それを行うことは困難の連続だった。害虫をいくら手でむしり取っても、夜になると害虫が出て来る。何年経ってもりんごは実を結ばない。近所からは病気や害虫の発生源と言われて村八分状態になり、罵詈雑言を浴びせられる中で雑草を食べたこともあった。当然、それまで入ってきたりんご栽培の収入はなくなる。極貧の中で、生きることを諦めロープを持って山に入ったことも…
 しかし死に損ない、ふと見上げた団栗の木の活き活きとした姿が目に入り「何故、森の木々は農薬も何も使わないのに元気に育つのか」と気づいた。そして、土に秘密があるのではないかと直感し、そこから新たな挑戦が始まり、奇跡のりんごの栽培のヒントを掴むのである。
 その着眼点は的を射ていた。というのはりんごの葉には、病気になった部分を自ら切り落とす「自己治癒力」があるのだ。また農薬の代わりに、アブラムシは天敵のてんとう虫が捕食するし、蛾は蛙が獲物として食べてくれる。木村さんは、蛾や昆虫、蛙などの生き物を観察することで、その“自然の力”に気づいたのである。そういった“自然の力”を剥ぎ取るのが農薬や除草剤なのである。
 木村さん夫妻が無農薬栽培を始めて6年目の春に、小さなりんごの実が2つ実った。二人は抱き合って喜んだという。それからもまだ苦難は続いたが、その苦労は名実共に実を結んだのだった。
 木村さんご夫妻の苦労と自然の力が栽培した“奇跡のりんご”、それは、半年経っても腐らない、皮ごと食べられるりんごだった。

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