カテゴリー「原子力」の6件の投稿

福島フィールドワーク

今週8()10()に行なわれる、連盟の公害問題特別委員会の主催(東日本大震災被災地支援委員会協賛)による福島フィールドワークに参加する。放射能による健康を考慮し40歳以上の参加に制限されたが、最終的には部分参加を含め100名近くが参加することになったようである。当初の募集は50人であったから、関心の高さが伺われる。

 行程表を見ると、警戒区域までは当然入れないが、南相馬や飯館村などの線量の高い地区を訪問することからも、「訪問に関して」の持参品や心構えが送られてきた。単なる観光でないことは明らかだし、物見遊山でも好奇心を満たすためのツアーでも当然ない。

 現地でつぶやかれる小さな声を聞きたい。テレビを代表とするマスコミには、権力のある、大きな人たちの声があふれていて、本当にしんどく途方にくれている人の声はかき消されて聞こえないように思える。現地で出会う、小さな人、特に子どもや女性たち、高齢者の方たちの、小さくても重たい心の叫びに耳を傾けること。そこから始めることで、原発の本当の爪痕が見えるのではないか。是非お祈りいただければ感謝です。

 

 福島フィールドワーク(20125810)

5/ 8 日キ教団震災被災者センター代表 片岡謁也牧師「証し」

    佐藤栄佐久前福島県知事・管野典雄現飯館村村長  「講演」 等

5/ 9  避難地帯訪問(飯館村、南相馬、福島市渡利地区 他)

5/10 郡山市緑が丘仮設住宅(富岡町原発避難者)訪問・交流 等

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『チャイナ・シンドローム』

原発事故以来、観ようと思っていた『チャイナ・シンドローム』を鑑賞。
79年の作だから、約30年ぶりのこと。

これこそ正にタイムリーな映画。映画の話題が続くが、カテゴリーからも分かるように、
現在の日本の状況を言い当てたかのような作品だ。
いつの時代もどこの国でも、原発をめぐる状況は同じと言うことか。

公開された12日後に、スリーマイル島の事故が起こった
のだから、当時は大騒ぎになり、映画も大ヒットした。

30年前に観た時には、原発が危険なこと、
そこには企業の金儲け論理が支配していることは分かったが、
「炉心が露出する」「バルブを開く」「炉内の水位が・・・」と言ったセリフの意味までは、
よくは理解出来なかった。
でも、今となっては、「そういうことか」と事態が把握出来る。

映画としては、つっこみどころもなくはないが、単なる“勧善懲悪”モノでもないし、
なかなか映像は緊迫感にあふれていて、サスペンス映画としても十分楽しめる出来。
わたしの評価は、★★☆
今のご時勢を思うと、★三つでも良いかもしれないが・・・

今では、“○○○シンドローム”という言葉は、普通に用いられているが、
この当時には、医学用語でしかなく、映画のヒットによって、
“シンドローム”(症候群)という言葉が一般化したのだそうだ。

“チャイナ・シンドローム”とは、
原子炉のメルトダウン(炉心溶融)が進みメルトスルー(溶融貫通)した核燃料が
土台をつき抜け地中にのめりこむことで、地球の裏側である中国にまで広がること。

中国は地理的にもアメリカの裏側ではないし、実際地球の反対側まで広がるなんて
ことは、現実にはありえないことである。
これはこの映画の中で、一人の学者が述べたユーモアの一種であり、
この作品の中の造語ではある。

しかし、現在の福島原発をめぐる状況は、どうやらメルトスルーを越えて、
汚染は地下水にまで広がっているだろうと言われる。

映画の中の原発を稼動させている電力会社の隠蔽体質と経済至上論理は、
東電を始めとするわが国の電力会社の姿を見ているかのよう。

今こそ、鑑賞すべき作品。その意味で、お勧めである。

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みんなで声をあげよう

先日あるご婦人と原発“事件”について話していた時のこと。

「日本政府は悪いけど、国民の方にも悪いとこがあるのよね」
とおっしゃる。

このご婦人、教会員の方ではなく、お歳も70歳ほどであろうか、
皮肉ではなく、このお歳まで、とても真面目にきちんと生きて来られた方(だと思う)。

これを聞いた私は、何だかすっきりせず、モヤモヤとしたモノが心に残った。
果たしてそうなのだろうか・・・

その時は、一対一で話していたのでもなく、その後、この話題も終ったので、
真意を確かめたわけでもない。

でも恐らく、この方は、それほど積極的に原発に関して主体的に動かれることはないであろう。

私は何でもかんでも、政府や政治家のことを追及すべきだと思っているのではない。

確かに、国民もよく分からぬうちに原発政策を受け入れてしまってきたこともあるし、
大した疑問を感じずに、電力を消費し、“贅沢”な生活をしてきたことのかもしれない。
今回のことを通して、自らの生活を考え直して、生活を改めなけれならないではあろう。

しかし、・・・である。そうだ。だが、しかし である。

国民にも非があるのだから、これまで国がやってきたこと、特に原子力政策について、
電力会社始め、財界、官僚、政治家がして来た罪と責任が差し引かれるわけではないし、だからと言って、国民がだんまりを決め込まねばならないのではないだろう。

嘘と出鱈目で塗り固めて、国民を利用して、利権を貪ってきたことは、断じて許されることではない。

そのご婦人のように思わせることも、彼らの策略に乗せられることでしかないと、私は思う。

絶対にテレビ始めマスコミで流れることはないのだが、今ネット上でアクセスが集中している歌がある。

だいたいが、「放送禁止の曲」などというものはなく、単に自主規制に過ぎないのだが、
これらの歌は、放送禁止の扱いを受けるにたる内容だ。

こういった歌をただおもしろおかしく歌うことは控えるべきだとの考えもあるであろう。

しかし国民が権力者を風刺することは、悪ではないし、いつの時代にも起こることである。

その意味で、ここに紹介する。

なかなか、よく出来た替え歌だ。

特に、下の歌は、本人が歌っているのは驚きで、レコード会社も大騒動なようだ。
彼はこれからは、“表”路線では、歌っていけないだろう。
しかし、御用学者だけでなく、御用タレントが蔓延しているこの時代にあっては、私は気に入った。
私たちが主張すべきことを主張し、声を上げていく上において、こういった歌が用いられていくならば、良いのではないだろうか。
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原発奴隷

原発事故に伴う放射能汚染が広がっている。東京電力始め原子力推進派たちは「想定外」を繰り返すが、それでは納得がいかないし、誠実さを感じないのは私だけではないだろう。原子力の危険性が叫ばれ、警鐘は鳴らし続けられていたのだから。
ただ事態の改善のために現場で対処されている作業員の方が、それこそ体をはって日夜作業にあたっておられることを思うと、今はその方たちのことを祈り、事態の収束にこそ心を向けるべきだし、安易な批判はさけるべきではあろう。

しかし、今回被爆者が3名出たが、これは今に始まったことでは全くない。今回の被爆者に関しては、作業員としか発表されていない。電力会社の社員ではなく、原発の“関連会社”と報道されているが、これが下請け会社の作業員であることは間違いない。

厚生労働省は15日、福島第一原発で応急対策にあたる作業員の被爆線量限度を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトまで引き上げる特例を認めると発表した。これによって、1回あたり15分程度だった作業時間は30分程に増えるという。これだけでも問題ではあるが、下請けであろう作業員にどれだけの安全教育がなされていたのかが甚だ疑問なのである。

被爆労働者の問題は、闇に葬られてきた。信じられない方は、以下の文章をまず読んでいただきたい。これは日本の新聞(特に全国紙)では報道されない内容。少し前のものだが、スペインの新聞記事である。

調査報告/原子力発電所における秘密 日本の原発奴隷

事故以来多くのブログ等において紹介されているが、まだまだ知られていないようなので、記させていただく。

スペインだけではない。イギリスでも被爆労働の実態を報道するテレビ番組が放映されている。こちらは動画。

隠された被爆労働~日本の原発労働者1 

隠された被爆労働~日本の原発労働者2

隠された被爆労働~日本の原発労働者3

原子力発電が安全なエネルギーでないことは、今回の事故で明らかとなった。しかし、原子力行政の問題はそれだけと留まらない。多くの下請け労働者の命を蝕むことで成立してきたし、原子力をめぐる問題は他にも多々ある。少し言葉を選ばずに言うと、嘘と出鱈目によって、これまで維持されたきたのだから。

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先ずは一安心

高レベル放射性廃棄物最終処分場、いわゆる“核のゴミ”問題で揺れた高知県東洋町の町長選は、一貫して応募の取り下げ、文献調査の白紙撤回を訴えた、沢山保太郎氏が大差をつけて勝利した。先ずは一安心。ホッとした。

今回の選挙の結果が国のエネルギー行政に対して、一つの審判を突きつけるものとなったと思う。核のゴミ捨て場はどこにも作ってはならない。人間の手で作り出したこの核廃器物を、手に負えないからと言って地下に埋めてしまうような処分法が良かろうはずがない。高知にはつくってはならないというのでなく、どこであろうとも良いものではない。人間の罪の産物とも言えるこの“ゴミ”を地球に押し付けるのことが、神にゆるされるとは到底思えない。人間がつくったのだ、人間の目の届くところで、どうしてよいかわからなくとも、あたふたしようとも、責任をもって処分しなければならないと思う。

さあ、これで、一先ず東洋町誘致の問題には歯止めがかかったものと思いたい。そう願うし、そう信じてはいる。次は国がどのような動きをとるのか。静観しつつ、目を光らせながら見守っていきたい。

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高知市民ネットワーク

連絡協議会が立ち上がった。東洋町の最終処分場施設反対のためのネットワークである。

それぞれの団体が別個に運動を進めていくのは重要なことだ。しかしそれそれが独自に動くだけでなく、相互に連携を図らなければ、世論を高めることにはならない。

東洋町の問題に関しても然り。徳島ではすでに連絡協議会は組織されている。高知では、それぞれの団体・組織が別個に活動しているだけで、それらを繋ぎ合わせるものがなかった。

リコール選の時期を5月末もしくは遅くとも6月初め頃と想定していたので、それまでに反対派のフォーラム開催を計画していた。

しかし田嶋前町長の辞任により、情勢は大きく変わった。当面は選挙戦に集中すべきなのは明らかだが、新町長が応募を取り下げたとしても、調査権は失効せず、文献調査、概要調査等は行なわれ、施設建設が着々と進められる可能性は否定できない。弁護士からも、確実に止められるとは法的には言えないというような答。最後のところは、世論の高まりが必要になって来よう。やはり今後の運動展開のためにも、連絡会と反対のネットワークづくりが必要となるとの認識のもと、準備会の開催を呼びかけた。

一部の方にしか呼びかけられなかったが、10人以上の方が集って下さった。出席者からも賛同をいただき、核施設反対のための連絡協議会が発足した。名称は「高知市民ネットワーク」。

現在、連絡網の整備とブログ開設の準備を進めている。

今日、町長選の告示がなされた。予想通り、沢山氏と田嶋氏の一騎打ち。選挙戦をめぐっては、さまざまな情報が入ってくる。それらの情報には、やっぱりと思いつつも、本当にそんなことが行なわれているのか、というようなものもある。推進派も後には引けないから、なりふり構わぬ攻勢をかけているようだ。看過すべきではないし、到底容認出来るものではないが、それが現実なのだろう。公正な選挙が行なわれることを祈るばかりだ。

金曜日に東洋町に行くことになった。行ったところで何が出来るというものではないが、今後の運動展開のためにも、そして現地との連携のためにも、何がしかの意味はあるであろう。

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