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2012年6月

献身者

本日は、神学校週間を覚えての礼拝です。連盟内のそれぞれの神学校(東京バプテスト神学校、九州バプテスト神学校、西南学院大学神学部神学コース)と、そこで学ぶ神学生を覚えて祈りつつ、献げ礼拝しましょう。と、同時に、献身という全ての信徒にとって、神さまから問われているチャレンジを、受け留める時としましょう。

献身は、専属的意味での牧師・伝道師になることだけを指すのではありませんし、また、牧師・伝道師になる献身が、信徒としての献身より、レベルが上ということでもありません。確かに牧師・伝道師には誰でもが召されているのではなく、ある意味特別な側面があるのかもしれません。しかし、それは、召されている役割の違いです。

信徒の教会を根幹としているバプテスト教会は、牧師不在でも存在しますが、信徒不在では教会にはなりえません。主につながり、主の僕である牧師は、教会形成には必要ですが、神に、イエスさまに従いつつ、牧師と協力しながら、牧師を支え、共に教会を建て上げていく信徒の立場での献身者(信徒献身者)が起こされないことには、教会の働きは進められないからです。

復活のイエスさまは、私たちイエスを信じる者とその群れに、「すべての民をわたしの弟子にしなさい。」と命じられました(マタイ2819)。弟子を養成する道の第一歩は、自らがイエスさまの弟子となることです。

弟子ですから、師匠を信じ、その師匠に従うことが求められるのは必然です。師匠を信じ、師匠に従うことは、師匠に自らの存在と歩みを委ねること、それがイエスさまへの献身です。

私たちは、サタンに献身してないでしょうか。私たちは、お金に献身していないでしょうか。私たちが、自らと歩みを献げる対象は、ただ神さまであり、イエスさまであり、聖霊さまだけです。この神学校週間の時に、私たちそれぞれが自らの献身を吟味し、今一度思いを集中させて、礼拝しましょう。

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クリスチャンよ、町に出でよ

大飯原発再稼働!

何をかいわんやである。

こんな状況で、まだ原発に頼ろうとするのか。

国民の少なくとも8割 いや、それ以上が
再稼働反対もしくは不安を感じているのに、

野田首相は再稼働の方針を表明した。

一昨日の電力会社の総会での、株主提案の
脱原発提案の否決は“想定内”の事としても、

大飯の1,2号機の下を走っている破砕帯の問題
に関しての調査の要望が出ていることにも拘わらず、
そのことには、関西電力は何も触れなかった。

更に、中部電力は、あの浜岡さえ再稼働したいというのだ。

国と電力会社は、夏のピーク時の電力不足解消のため、国民の生活が守られるため
と言っているが、彼ら思惑が国民のことを考えてのことでないことは明らか。

彼らにとって、国民生活がどうなるかなどは二の次、三の次
彼らの考えてることは、

無駄な金を使いたくない

これまでの嘘と出鱈目を追及されたくない

核武装のためにも、原子力政策は維持したい 等々

オスプレイ配備!

こちらもとんでもない!

4月にはモロッコで墜落している・・・

そんな危険な軍用機、正式名はV-22と言い、
ヘリコプターのように垂直離着陸やホバリング(空中停止)も
出来る“夢のような飛行機”との触れこみ・・・

ガッテン、そんなに甘くはない。

これまでも、事故を繰り返し、米軍は性能上の問題はクリアした
とは言っているが、試作機時代を含め、これまでに8回の事故を
起こしており、乗員の計36名が死亡している。

今年に入ってからも、4月にモロッコで墜落し、2名死亡、2名が重傷、6月にはフロリダでも墜落し、乗員5名が負傷している。

発表によると、乗員以外の負傷者等の情報は得ていないが、墜落場所によって、民間人が巻き込まれることはいくらでも考えられる。

そんな“夢のような飛行機”を、沖縄と岩国に配備しようとしている。

一応、日本政府は、事故の調査等の報告を米軍に要請はしているが、これまでのやり口からもまったく信用は出来ない。

沖縄では、普天間、高江に配備しようとしているらしい。

民家の少ない高江地区なら良いという問題では全くないが、

特に普天間飛行場(基地)への配備は言語道断である。

私は、普天間飛行場にも行っているが、まさに民家のど真ん中
普天間小学校も隣接しているのだから。

イエス・キリストに従う者として、神さまの名を汚すような怒りの発散の仕方や、暴力に(それは何も肉体的とは限らぬ、言論上の暴力も含め)訴えるべきことは慎まねばならない。

しかし、・・・である。そうだ。
だが、しかし である。

クリスチャンは怒るべきことには、しっかりと怒らねばならないと思うし、クリスチャンは、単なる“お人好し”の“いい人”でなければならいとは、私は全く思わない。

世のクリスチャンよ、怒るべきことには、正しい形で怒りを表明しよう!

おじさんは、怒っているぞー プリプリ!

今日は6時から、大飯原発再稼働反対の緊急集会
があり、私も参加する。

東京では、首相官邸前に、再稼働反対の思いを
持った者たちが先週から結集している。

ただ、マスコミはそのことに一切触れようとは
しない
が、先週は4万5千が集まったという。

今日は、10万人の動員を目指している
とも聞く。

クリスチャンは、世俗の垢にまみれぬように
教会にだけ留まっていてよいものではない。

今日は、来週1日には、大飯を再稼働させる動きに反対しての集会が、全国各地で開かれる。

クリスチャンよ、正当な怒りを抱いて、
町に出でよ!

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嵐を呼ばない男 ?!

台風5号は熱帯低気圧になったようだが、梅雨前線を刺激している関係で、局地的な大雨もありそうな空模様。明日に予定していた県外出張は、明後日に先延ばしになった。

今後かなりの雨量が予想されているから、高知もどうなるかは分からないが、今回の季節外れの台風騒動、台風の直撃はまぬかれたようだ。

今回のことはそれほどでもないのだが、どうやら私は、嵐を呼ばない男なのか、台風が避けていくことが続いている。

かつては、台風銀座と呼ばれるほどに、台風の上陸の多かった高知だが、近年、特に私がやって来てからは、そうではなく、昨年9月に紀伊半島などで大きな被害を及ぼした台風12号が上陸したのは、高知では7年ぶりのことだった。

が、実は、この時 私は高知にいなかったのだった……

だが、その前に、8年前のことから語ることをお許しいただきたい。

覚えておられるかどうか、この2004年は過去に例を見ないほどに台風が日本を襲った年だった。発生した29個のうち、日本に上陸したのがなんと10個!それまでの最多であった1990年と1993年の6個を大きく上回り、中でも、10月の台風23号は、各地で大きな被害をもたらし、全国で98人の死者行方不明の方を出した。

この年、高知県には、確か4回か5回上陸したと記憶している。私の妻の実家は、ピーマン農家であったこと(今は行なっていない)から、台風が発生するたびに、自分が住んでいる所への影響以上に、高知に台風が上陸するかどうかを常に気にしていた。私は福岡市に在住であったが、気が気でなかったのを今でも鮮烈に覚えている。

その翌年に私は高知の現在の教会に着任した。

それからも昨年まで、何度も直撃しそうな台風はあった。しかし、まともに高知県に上陸する台風は一つもなかった。

それが、である。

昨年の7月のこと。
ちょうど、北海道から友人が高知に遊びに来ていたのだが、その時に発生した台風6号は、高知の南からまさに直撃の進路をとりそうな様相だった。この時ばかりは、ついに台風の直撃かと、私は観念した。

だが、この台風6号は“迷走”したのだった。

   
   台風6号の進路図

高知を避け、大きく東に旋回し、四国では徳島県の南部に少しだけ上陸し、すぐに通過していった・・・

そして、9月3日にこの年の12号がついに、高知に上陸した。

   
   台風12号進路図   

 高知としては、7年ぶりの台風上陸だった。
が、上に記したように、この時私は高知不在であった。
神奈川県で行なわれた経験年数別の牧師の研修会(5~7日)に参加し、それに合わせて、自分の休暇を取らせてもらい、8月末から東京に居り、高知に上陸した9月3日は、東京の友人宅にいた。

とても大型の台風だったが、その頃の進路予測では、もっと東寄りに進路を取り、中部地方から関東圏を通過しそうに報道していた。
だから、私は、東京で台風に遭遇することになったと、

今度こそ、今度こそ 観念したのだが・・・

  
     12号進路予想図

もっと東寄りのコースを進みそうな予報を見たのだが、ネットでは見つけ切らなかった。

そして、実際の進路はどうなったか

  0901進路図3 : 0901進路図3

関東圏にはほとんど影響なく、私がいぬ間の高知県東部に上陸し、県では避難勧告の出された場所もあったそうだ。

自然界のことである。だからどうだ、と言いたいのででもないが、

それにしてもだ。

台風は私を避けていく

この時、和歌山県では、大きな被害 50人以上の方が命をおとされ、世界遺産の那智大社が土砂で埋まったのだから、能天気に喜んでいるわけではないだが・・・

それにしても、それにしても・・・

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台風 そして 原発・・・

昨日夕方に和歌山県に上陸した台風4号は、統計を取り始めた1951年以降では、7番目の早さだという。確かに、6月の台風はあまり記憶にない。

上陸後、信州から北関東から太平洋に抜け、現在(20日午前5時)は、仙台市の東南東約100キロの太平洋沖を進んでいるよう。

時速が65キロというから、時期だけでなく、速度もとても速いようだ。

大きな被害の情報は入っていないが、周辺の地方での被害が出ないように祈っている。

事前の予測では、四国上陸と言われていたので、それなりに構えてはいた。。。

それよりも、危なそうなのが台風5号。

今は台湾の南西だが、進路予想図からすると、九州・四国・近畿から中部・関東を直撃する最悪のルートをたどりそうだ。

22日には、今夏の中四国連合のバプテスト大会の準備会を、丸亀で行なうことを予定しているのだが、どうなるのか・・・

台風をニュースを目にするたびに、人間の力の限界を思わざるをえない。

と、同時に、大飯原発再稼働の愚かさをも考えざるをえない。

台風一つでさえ、どうしようもない人間が、処分することもまともに出来ないことを、しかも、あんな事故を起こしておきながら、再稼働しようとする。

憤りと同時に、自分に今できることを祈らざるを得ない。

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起工式

教会員から家を新築するので、「地鎮祭をお願いしたい」と言われた。

地鎮祭

名称などは絶対的なものではないが、

キリスト教においては、あまりそうは呼ばないかな?

建築に先立って、土地の神さまを鎮め、工事の無事を祈ることであることから、“起工式”とか、鍬入れの儀式を入れて、“鍬入れ式”と呼んで行うこともある。

神式で行われるイメージが強いからか、異教の儀式のように考えられることもあるのだが、直接工事にあたられる業者さんにとっては、工事の安全は必須の課題であろうし、何事においても、神さまを拝して事にあたることが悪いことであろうはずがない。

私の友人の牧師は、敷地内井戸があったので、建築を始めるにあたり、
“井戸埋め式”を行ったと聞く。

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見える偶像と見えない神 サムエル記上8章1~22節

イスラエルの民は、王を求めました。それまでのイスラエルは、各部族に分かれてはいましたが、他民族との争いが起こった時など、国難の時には士師が立てられ、敵と戦い、独立を守り、国は治められていました。そのように、士師は国の非常事態時にだけ存在したのです。しかし、国民はそれでは不安でした。そして、周囲の国と同じように、王を立て、平時から国を束ね、いつ敵が攻めてきても良いように備えることを求めたのです。

イスラエルの国を支配なさっているのが主なる神さまであることを、イスラエルの民たちは知っていました。しかし、神は目には見えません。民たちはそれでは満足しなかったのです。他の国のように、目に見える支配者を望んだのです。生けるまことの神を信じて歩むことは、この世的尺度からすると、不確かで心もとないものです。しかし、先の見えない不確かさと不安の中にあっても、神を従うべき王として信頼し続けることこそが、本当の信仰なのです。イスラエルの民は、その信仰に立ち続けることが出来ませんでした。だから、目に見える王を求めたのです。それは、見えない神よりも見える偶像を選び取ったということです。

現代の私たちにとっても、神以外のものを王とすることの誘惑にさらされている点においては、この当時のイスラエルの民と同じです。ことは、天皇制を容認するかとうかという次元のことには留まりませんし、また仏像を拝むことや神社にお参りすることだけが、偶像崇拝なのではありません。見える偶像ではなく、たとえ目には見えなくとも、神がともにいて下さることを信頼して歩むことが求められているのです。

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ほ ほ ほ~たる 来い

今週月曜日、恒例のホタルを見に行った。

場所は、教会から車で30分ほどの土佐山村
といっても、今は市町村合併で高知市ではあるが

ここは、ゲンジボタルだけでなく、ヒメボタルも見れる
格好のスポット。

この日は雨も降りだしたので、人出は多くなかったが、
前日の日曜には、千人ほどが訪れたそうだ。

優雅に大きく飛んで光るゲンジボタル

チカチカと短く点滅するヒメボタル

特に、私はこのヒメボタルがお気に入り。

ゲンジは川に生息するが、このヒメボタルは
山におり、飛ぶには飛ぶが、木の茂みで
チカチカと光る姿は、まさに

夏のクリスマスツリー

写真でお見せできないのが残念。

是非、高知に見に来て下さい。
ご案内しますよ。

但し、ホタルの時期は短いので、
ここ1週間ほどだけでしょうが・・・

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くやしい・・・ でもあきらめないぞ!

昨日の決戦は、全く残念な結果になり(杉内攻略までは良かったのだが)、
胸中は複雑だが、残り5試合最後まで諦めず、応援しよう。

ただ、相手チームとはいえ、 あっぱれ! 
だったのが、新人の田原。

プロ初登板だったそうだが、
キャッチャーの阿部が
「内角を投げられないと、この世界ではやっていけない。死球だったら俺が責任をとる」
と励ましたとのこと。

試合は4点リードされているとはいえ、
まだ序盤の4回。

初イニングは、里崎に死球、俊介にはヒットを打たれたが、次打者の清田を三振に、
続く5回も、エラーでランナーを出したものの、続く井口、サブローを初級から内角を突き、打ち取ったそうな。

この田原、宮崎県の聖ウルスラ学園から、社会人を経て、昨年ドラフト7位でプロ入りとのこと。

聖ウルスラ学園では、1年時に、チームは甲子園に出場したが、本人はベンチ外の選手。
2年の秋に内野手から投手に転向したが、甲子園経験はなく、社会人時代も補強選手で都市対抗で全国大会に出場するも、本選では、サヨナラ負け投手。

私ははっきり言って、根っからのアンチGではあるが、こんな選手は応援したくなる。

昔は、阪急の山田、足立、南海の杉浦、皆川といったアンダースローの名投手はいたが、ロッテの仁科以降、下手投げのプロ投手はあまりいなかった。

昨日も投げ、今年は今一つ乗り切れないが、ウチの渡辺俊介が活躍以降、

昨年の新人王に輝いた西武の牧田も通用していることからも、社会人出の下手投げ投手に、読売も目を着けたのだろうか。

同時に、年棒4億円と聞く、阿部も、なかなかやるな。

わが師、野村克也も、常々、

「プロでは、投手は内角に投げられてこそ、
打者も、内角が打てて、なんぼのものや」

と言っている。

まあ、何はともあれ、残りの広島と阪神戦

そして順延のヤクルトとの1試合に全力をあげるのみ

We Love Marines! Fight!!

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さあ、いざ決戦だ!

何がって?

プロ野球交流戦。

わが千葉ロッテの6年ぶり3回目の交流戦制覇に
向けての 大事な一戦!

相手は、あの“人気”チーム 

しかも先発は、昨年FA取得でホークスから移籍し、
今絶好調の杉内だから相手にとって不足はない。

行け~ 俊介! サブマリンでG打線を
きりきり舞いだあ~

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嗚呼 新藤兼人監督

先週火曜日の5月29日に映画監督の新藤兼人氏が亡くなられた。享年100歳。現在の邦画界は言うに及ばず、日本映画史上最高齢の監督であり、世界的に見ても、ポルトガルのマノエル・ド・オリヴェイラ(現在103歳)に次ぐ存在だといえ、世界的にも特異な映画監督であった。

新聞で「新藤兼人の凄いのは、最晩年に自身の最高作と言える作品を遺したこと」とあるのを読んだ。

映画監督は激務である。
現場に立ち会わずに、指示をだけを出すことでも、映画を監督することも可能ではあろうが、新藤兼人は現場にこだわって、98歳で生涯の代表作となった『一枚のハガキ』を撮り上げた。

多くの著名な名監督と言えど、その晩年の作品の中には、作品的に落ちるものもあり、最高作と言えるのは、脂がのりきっていた時期のものであろう。

その旺盛な制作力には舌をまくほどである。脚本家としては『安城家の舞踏会』『わが生涯の輝ける日』(吉村公三郎監督)、『裸の太陽』(家城巳代治監督)『しとやかな獣』(川島雄三監督)、『けんかえれじい』(鈴木清順監督)、『軍旗はためく下に』(深作欣二監督)等々のそれぞれの監督の代表作と言える作品を始め、テレビドラマ、演劇作を含めると、370本に及ぶという。

生家は広島県の豪農であったが、14歳の時に父の破産により一家は離散した。21歳の時に居候していた兄の家で観た山中貞夫監督の『盤嶽の一生』に魅せられ、映画人として歩むことを志すが、道は狭く、映画人としてのキャリアのスタートが、新興キネマ現像部のフィルム乾燥の雑役の仕事だったというのも、苦労人新藤兼人を象徴するものと思える。その後美術部を経て、溝口健二監督に師事し、松竹大船撮影所の脚本部に移るが、終戦間際の1944年に32歳で召集され、翌年終戦を迎える。この時の自分よりずっと年下の上等兵に連日殴られ続けたことや、軍艦の無い海軍での理不尽な訓練の毎日は、60年後に『陸に上がった軍艦』として制作された(証言と脚本)。

終戦後脚本家として成功をおさめるも、松竹首脳部から「新藤の脚本は社会性が強くて暗い」と言われたことに反発。松竹を退社して、独立プロの先駆けとなる近代映画協会を設立、大手の資本によらず、独創的で高い作家精神を保ち、旺盛に監督として作品を生み出した。

戦後初めて原爆を取り上げた『原爆の子』、米国の水爆実験に取材した『第五福竜丸』、広島原爆で被爆し全員が命をおとした移動演劇隊の桜隊を描いた『さくら隊散る』、体調不良のため監督は出来なかったが、自身の戦争体験から、戦争の愚かさを訴えた『陸に上がった軍艦』。
19歳で連続殺人事件を犯した永山則夫の『裸の十九歳』、家庭内暴力に明け暮れる息子を父親が絞殺した実際の事件を扱った『絞殺』、社会問題化したいじめ問題を訴えた『ブラックボード』杉村春子と彼の実際の長年のパートナーであった乙羽信子を迎えて「人間の老いと生」を描いた後期の代表作と言える『午後の遺言状』、それぞれの時代と社会をテーマにした監督作が並ぶ。

また、自らの映画の師匠である溝口健二を取材し、自身が39人の関係者へのインタビューをまとめた『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』、津軽三味線の名人高橋竹山の苦難の生涯をドラマ化した『竹山ひとり旅』、盟友殿山泰司に取材した『三文役者』、文豪永井荷風の私小説を原作にした『墨東綺譚』等
これらはいずれも独立プロ作品として、資金繰りに苦労しながら、自らの脚本を監督した。

新藤兼人は、全く天才ではない。器用なタイプの監督でもない。ただ真摯に徹底的に題材に向き合い、映画にすることに拘った映像作家である。その新藤監督の映画作りにこだわった人となりの象徴的な作品が『裸の島』であろう。

1960年制作のこの作品は、資金がなく、近代映画協会の解散記念作として、キャスト二人(乙羽信子と殿山泰司)とスタッフ11人で瀬戸内海ロケを350万円(550万とも)の低予算で敢行したモノ。セリフの一切ない実験的な無言劇。解散記念作のつもりであったのが、モスクワ映画祭でグランプリを獲ったことで、各国から上映のオファーが舞い込み、最終的には世界62か国に上映権が売れ、それまでの借金を返済出来たため、解散をまぬかれ、現在に至っている。

98歳にして、遺作となった『一枚のハガキ』
新藤監督の最高作と評判も高く、キネマ旬報始め、昨年のベストワンに選出されているが、私はまだ未見。高知のレンタルショップでは、各店に一本しか置かれておらず、残念ながらずっと貸し出し中。監督の死により、ますます借りにくくなってしまうだろう・・・予約しておこうか。

戦争の記憶が風化しつつある昨今、平和を訴え、戦争の愚かさを、一貫して訴え続けた、映画人新藤兼人さん

あっぱれ!である。

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イエスさまのとりなし

「わたしは彼らによって栄光を受けました。」(ヨハネ1710)

 ヨハネ17章は大祭司の祈りと言われている。大祭司とは、祭司職の中の首長で、年に一度の贖いの日に、神殿の最も神聖な場所である至聖所に、唯一人で入り、いけにえの供えの動物の血を贖いのふたに注ぎかけることで、全イスラエルの罪の贖いを、民を代表して行なう。ヘブライ人への手紙の著者は、イエスさまこそが、旧約の大祭司の完成であり、真の大祭司であると、述べる。その真の大祭司であるイエスさまの祈りが、この17章の御言葉である。

 この時、イエスさまはご自身が十字架にかけられて死ぬことを確信されていた。その最期の時に、イエスさまは弟子たちの足を洗われ、互いに愛し合うことを説かれた。

その祈りの中で、冒頭の言葉を祈られた。「彼ら」とは弟子たちのこと。ここでイエスさまは、弟子たちによって、ご自身が栄光を受けたとおっしゃる。この時、弟子たちは、イエスさまの十字架の意味は全く分かっていなかった。鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うと、予告されたペトロは「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません。」(マタイ2635)と言ったほどだった。しかし、イエスさまは「彼らによって栄光を受けた」と祈られるのである。

 イエスさまは、自分のことを何も分かっておらず、自分を裏切ることを承知の上で、彼らのための“とりなし”を祈られたのだ。そしてこれこそが、「大祭司の祈り」と言われる所以なのだろう。

 「彼らの言葉によってわたしを信じる人々」ともおっしゃっている。最終的に、ペンテコステで聖霊を受けた弟子たちは、イエスのことを宣べ伝える器へと変えられていったが、この時点においては、全くそのような姿とはかけ離れた弱い弟子たちでしかなかった。

 これが、イエスさまのとりなしである。私たちも、そんな弟子たちと大差ない弱い存在である。イエスさまのことを知らないと言い、サタンの誘惑にすぐに負けてしまう。そんな私たちが、今も生かされ、イエスさまの弟子として歩むことが可能とされているのは、イエスさまが今もこの大祭司としてのとりなしの祈りを献げて下さるからだ。主よ、感謝します。

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