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感謝の心

「感謝の心」

 教会に来始めた頃にとても印象深かったことの一つは、教会では「感謝」という言葉がとても頻繁に発せられ、またそれが自然だったことです。それまでも「感謝」という言葉は勿論知っていましたが、私はこの言葉を自分が普段の会話の中で用いることを出来ずにいたのです。言葉を知っていることと、その言葉に生きることは全く別な事柄です。そしてそれは、普段の生活の中で、感謝すべき事柄に気づいて、いなかったからだと思います。
 では、クリスチャンになったら、いつも感謝、感謝を口にし、またそこに心底生きて抜いているかと言えば、そうではないことを認めざるをえません。感謝すべきことはいくらでもあるのに、あまりに普通に備わっていることから、それらが在って当然、当たり前と思ってしまうのです。
 今在るモノで、当たり前でも当然なモノは何一つありません。私たちの命も、健康も、環境も、空気であっても、存在することには意味があり、偶然存在するのではありません。当然と思う心には感謝は起こってきません。そんなことイチイチ感謝していたらきりがないと思われますか。試しにそれらを一つひとつ感謝してみてください。そうすれば、何だか嬉しい気持ちが起こってきます。心があたたかになります。苦しい現実は変わらないかもしれませんし、試練や苦しみは感謝出来ないかもしれません。しかし、生きていこうという前向きな気持ちが起こってきます。そして、生きていて良かったと思うようになります。

「というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです。」(Ⅰテモテ4:4)

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伊勢崎教会週報から」カテゴリの記事

コメント

ご無沙汰でございます。
先日、室戸岬突端の室戸荘という民宿に泊まりました。
遍路宿ですが、クリスチャンの方がお宿をなさっていてとても親切に岬のジオラマや熱帯性の草木の一つ一つをお教えくださいました。

そして、空海の教えとキリスト教には不思議な一致点があるとお教えくださいました。
違うのは磔になったことと、永遠の命を持ち、未だに高野山で三度のお食事を食しているということぐらいだとか、私には理解が及ばないお話でした。

でも、巡礼は世界遺産のスペインの遍路道とかもありますし、欧米人も今ではお四国を回っておられるということでしたから、分かりの早い話でした。

今では、中国や韓国の方よりも、欧米からの旅慣れた方の巡礼が多いと話されていました。

そして、あのアルコール依存症の牧師さんはお元気かしらと、私はまだ仕事も何も言っていないのにお話しなさるのですから、不思議な縁だなーと感じ入るのでした。

投稿: 下司孝之 | 2015年7月28日 (火) 14時53分

皆さん、コメント感謝します。
これからもずっと感謝を忘れない人間でありたいです。

投稿: ヒラリン | 2010年9月15日 (水) 00時47分

言葉を知っていても行うのはなかなか難しいですよね。自分でできないことも神様ならできる。力をいただきながら、そこにあるすべてのものに感謝できる人になっていきたいです。

投稿: ユダ | 2010年9月14日 (火) 23時14分

Midoriの心は,最早『穴だらけ』ですが......
でも,感謝の気持ちだけは忘れてはなりませんね(○゚ε゚○)

投稿: 仲野 碧 | 2010年9月14日 (火) 10時20分

感謝の気持ちって、大切ですよね。我が娘の真魚って、名前の由来の1つにありますけど(笑)

当の本人は、知らずかよく泣くようになりました(笑)
実家の両親には、マツコ・デラックスやら若秩父(昔の力士)と言われていますけどね。

投稿: ともちゃん | 2010年9月14日 (火) 06時04分

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