渡辺久信監督
先月26日西武ライオンズが、パ・リーグ優勝を果たした。私にとってのライオンズは西鉄、とまでは言わないが、太平洋クラブライオンズ。弱小球団だったけど、少年時代の私の心を捉えた印象深いチームだったとしみじみ。優勝おめでとうございます。我が愛する千葉ロッテマリーンズは、善戦空しく、4位に終わった…と、またしみじみ。
シーズン前の評論家たちの順位予想は軒並みBクラス、最下位予想さえあった。松坂なき後、和田にカブレラまで抜けたのだから、妥当な予想だと思えた。更に、失礼ながら、渡辺新監督がこんなにしっかり監督が出来るとは、私には思えなかった(渡辺監督さん、ゴメンなさい)。現役時代の渡辺久信は確かに良いピッチャーではあった。彼が活躍した当時の西武ライオンズは黄金時代で、チーム内には“新人類“と呼ばれる選手が多数いた。長男が工藤公康、次男?、三男に渡辺、四男は大久保博元、末っ子が清原だっけかな。何とも人を喰ったようなキャラの個性派揃い。渡辺もお世辞にも頭脳派とは言えず、素質で投げていた類のピッチャーで、速球にこだわり、速球で勝負出来なくなったら引退した。そんな印象の選手だった。しかし西武退団後、ヤクルトを経て日本球界を引退してから渡った台湾で苦労もしたのだろうか、選手としてだけでなく、コーチとしても非常に良い勉強をしたようだ。
昨年の西武ライオンズはスカウトの不正活動発覚に始まり、チーム成績の方も26年ぶりのBクラスに低迷、観客動員数に至っては12球団最低にまで落ち込んだ。そんな暗い話題に終始する中で、渡辺は監督就任要請を受け入れた。フロントからは明るいチーム作りを求められた。「強いチームを作るのは勿論だが、華があり、お客さんが喜ぶ野球は何か」を考えた。たどりついた結論は「攻めは本塁打と盗塁、投手は三振を取る」だった。明るく、個性あるチームづくりを目指し、選手が伸び伸びプレー出来るように配慮した。
ミスをした選手を叱ったコーチに対して「試合中に選手を叱らないで欲しい」と指示した。選手を萎縮させたくなかったからだ。自らも叱るのでなく、「次のプレーで取り返せ」と発奮を促す言葉を選手に掛けた。
攻撃の場面でのノースリーは「待て」が常識だろうが、渡辺野球では、状況にもよるが、ノースリーからでも打つことが勧められる。「3度打つチャンスがあるのに、みすみす1回を自らなくすことはない」「現役の頃、3ボールからフルスイングされると次の球を投げにくかったから」というのがその理由。
また、若手の投手、年齢の近い涌井と岸、それに帆足を加えた三人を意図的に競わせる環境を作った。特に涌井と岸が良い意味でのライバル関係となることを図って、それぞれの存在を意識させるようささやき作戦を行なった。試合前に監督自らが、先発の涌井に「岸の防御率は○○だぞ」という具合に。
結果は、12球団ダントツの200本に迫ろうかというホームラン数と100を超える盗塁数(奪三振はどうなんだろう、調べ切れなかった)となって現われ、翳りが見え始めた球団に4年ぶりの優勝をもたらした。就任一年目でのリーグ制覇は見事だ。
常勝を誇った広岡、森両監督の頃や、またその両監督の元で優等生だった伊東監督とは、一味も二味も異なる新生渡辺ライオンズ。大久保博元打撃コーチの存在も大きく(彼についてはまた別な時に書きたい)、選手と年齢の近いこの二人の指揮官が、名門ライオンズの復活に大きく貢献したことは疑いなかろう。
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