2009.7.12 宣教『イザヤの召命』

「イザヤの召命」  2009年7月12日 
  イザヤ6章1~13節   平林  稔

皆さん、お帰りなさい。先週から庭の木に蝉が集まり出し、鳴き始めました。教会の礼拝堂の玄関の前の木、シマトネリコは蝉たちのお気にいりなようで、真夏になると半端じゃない数が集まり、うるさいほどに鳴きます。まだ、そこまでではありませんが、蝉の声を聞くと、「ああ、夏になったのだな」と実感させられました。それで、以前より今年は髪の毛を短くしようと心に決めていました。似合うかどうかはわかりませんし、鏡の前に立つと、そこに写る自分の姿に違和感さえ感じていますが、とても涼しくて快適です。
さて、先週よりイザヤ書を読んでおります。今日は6章です。この6章はイザヤの召命体験の場面です。召命とは、神さまからの召しを受け、それに応えて自身を神に献げることであります。召命というと、牧師になることの決断を促される時にだけ問われることのように思われていますが、先週も申し上げましたように、イエス・キリストと出会い、キリストの弟子として歩んでいく導きを受けております者は、皆神から自身を献げることが促されております。ですから、キリスト者は皆神からの召命を受けているものであります。神さまは一人ひとりに個別的に導きを与えられますから、皆さんお一人おひとりにとってその体験に違いはありましょう。人によっては、牧師の召命を、また役員の信徒としての召命を神さまは促されます。教会内でのことに留まらないと思います。夫としての召命、妻としての召命、社長の召命、会社員としての召命、など、神さまはそれぞれの立場の方に対して、召命を与えられます。その意味からも、私たちにとっての召命とは何であるのか、またそこに先立つ罪の清めと赦しについてイザヤの召命体験のみ言葉からご一緒に聞いていければと思います。
このイザヤの召命体験の記事は、彼がその体験をした後すぐに記したものではないと言われています。彼は召命を受けて神の預言者として活動していきました。当時の国と王は腐敗しており、イザヤは王に会見を申し入れ、王の軽はずみな行動を戒め、神に立ち帰ることを説きましたが、王はその忠告に従おうとはしませんでした。また、この時代の人々にも神に信頼するように勧めましたが、民たちも聞き入れようとはしませんでした。そのため、公の預言者としての活動が出来なくなり、その身に危険が及ぶ事態にもなったようです。そのため、自分からの召命を受けた真実の預言者であり、自分の言葉は神から預けられた言葉であることを主張するために、自分の召命体験をまとめて、この預言者の中に入れたのではないかとされています。
6章1節「ウジヤ王が死んだ年のことである」ウジヤ王は歴代誌下26章3節によると、16歳で王となり、52年の長きにわたって王国を支配しました。彼は非常に有能な王で、その治世においては、国は栄え安定した状態に保たれていました。そんな王が亡くなったのですから、国民が動揺したことは言うまでもありません。また、目を外に転じてみれば、北の軍事大国のアッシリアの脅威にもさらされていました。長い安定した時代が終わった国としての転換期に、神の御心が働いたのです。ウジヤという名は「主は我が力」という意味です。その王の死は、国と国民にとっては一つの望みの灯が消えたことをも意味していました。それゆえに、国が何をまことの希望とし、何により所を置くかを見つめ直す時でもあったでしょう。そんな時に、イザヤは預言者としての召命を受けたのです。
イザヤは神殿において、今日の体験をしております。神殿は神と出会うところとされていました。その神殿で彼は神と出会ったのであります。しかし、彼は神の姿を直接見たのではありませんでした。旧約の時代においては「神を見た者は死ぬ」と信じられていました。イザヤが目にしたのは、神殿いっぱいに広がった衣の裾でした。これは具体的には、神殿の中でたかれていたお香の煙ではないかとも言われています。そこには、セラフィムがいた、と2節にあります。これは、神の座にはべる被造物で、六つの翼をもった蛇の形をしていた神のみ使いのことであります。彼らは人間の言葉を話し、「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地の全てを覆う」という神を讃美する歌を聞きます。この「聖なる、聖なる、聖なるかな」というのは、讃美歌にもありますが、神殿祭儀において歌われた“聖三唱”と呼ばれたものでした。
そのように、イザヤが召命を受けたのは神殿で行なわれた礼拝の真っ最中でした。そして、どうやら、この時の神との出会いは、イザヤにとっては、予期しない、全く突然の出来事だったようなのです。彼が何故神殿にいたのかがはっきりしないのであります。
1章1節には、イザヤの父の名はアモツだと書かれておりますが、このアモツに関しては詳しいことは何も分かっていません。だから、彼が祭司の家の生まれなのかは分かりませんし、彼が祭司か何か、神殿に関係する仕事についていたのかもしれません。また、彼が預言者になってから、王に謁見することが出来ておることからは貴族の出だったのではとも言われています。だから、彼がどんな立場で、また何故この時神殿にいたのかは分かりません。しかし、それは、私たちにとって重要なことではありません。彼がたまたまであったにせよ、何らかの導きで神殿にやって来た時に、神と出会ったということなのです。
イザヤはこの時の神との出会いによって変えられました。彼は生ける神のその圧倒的な存在感とセラフィムのその「聖なるかな」との讃美の声にもある“聖”に触れたのであります。ここで一言、聖書の説く“聖”について説明いたしますと、この“聖”は単に、清いとか、汚れていない、ということだけを指すのではありません。“聖”とは、分離を意味しています。聖なる主と汚れた人間とは厳然と区分けされなければなりません。ですから、当然、そこには清いこと、汚れていないことは含んでおりますが、それより、他のものから区分けされている、全てのものとはかけ離れた、全く異なるものであることを示しています。
その神のきよさに触れたイザヤは「災いだ。わたしは滅ぼされる」とため息ともとれる恐れの気持ちを発しました。この言葉の中には、先ほども述べました「神を見たら死ぬ」という思いもあったでしょうが、それだけではなかったと思います。イザヤは神の前に自らの罪深さと汚れを感じて恐れおののいたのでした。イザヤは、自分とは全くかけ離れた存在である主なる神との出会いを通して、自分自身の罪深さと汚れだけでなく、被造物としての小ささを突きつけられたのでしょう。そして神を見たことと併せて、生きていることは許されないと感じたのです。人は本物との出会いによって変えられるのです。
本物との出会いによって変えられるということの一つの例話をさせていただきます。とても卑近な例でこのことに相応しいかはわかりませんが、本物との出会いの話です。
中日ドラゴンズの落合博満監督のことです。彼はその時までに既に2度三冠王を獲った球界を代表するバッターでした。彼は1986年にその運命の出会い、自分よりも凄い一人のバッターと出会うのであります。そのバッターは高校を出てプロに入ってきた新人選手でした。落合はその選手を一目見て、その男が本物であり、自分よりも上の選手であることを感じたと、引退後に週刊誌で語っておりました。そのバッターとは、1986年にプロに入って来た新人、誰だか分かりますか。1986年の新人、西武ライオンズに入団した選手です。昨年引退しましたが、そうです、清原和博です。彼も甲子園のヒーローで、鳴り物入りでその前年に西武に入団した選手でした。私はその記事を週刊誌で読んだ時に、ポッと出の新人に対してそんなことを感じ、正直に語る落合も凄い選手だな、彼も本物だなと感じたものでした。落合は、その衝撃を通して、自分の小ささと自分がまだまだ未熟な選手であることを感じ、益々技術向上のために練習に励んだと言います。その1986年にも彼は三冠王を獲得し、その後の落合が形成されていったのです。人は本物との出会いを通して変えられていくのです。
恐れおののくイザヤに対して、主なる神さまは、セラフィムを遣わして罪の赦しを与えて下さいました。それは罪の、咎の清めでもありました。セラフィムのひとりが火鋏で取った炭火を唇に触れさせたのです。火はしばしば清めのために用いられました(エゼキエル10章6~7節)。
罪の清めのために必要なものは何でしょうか。火、それは一つの象徴です。それは、イザヤの砕かれた心でした。神さまの圧倒的な清さに触れたイザヤは、自分自身の罪深さと汚れを自覚せざるを得ませんでした。そのように、彼は正直に罪を告白し、自分のような者は滅ぼされなければならない、生きてく資格のないものだと告げたのです。そこには、悔い改めの心と同時に全てを神に投げ出す、委ねるイザヤの信仰がありました。そこにおいて、人は罪の清めと赦しを体験するのであります。
よく、キリスト教の説く、罪の赦しが分からないということを耳にします。これは、洗礼を受けたクリスチャンの方からも聞かされます。いえ、かく言う私もその一人でありました。そこにおいては、自分の自身の罪の自覚がないことが往々にしてあります。これは、何も言葉で罪を言い表せばよいものではありません。神は人の心の中身をご覧になります。口先だけの罪の告白を求められるのではありません。その人が深く自分の罪に気づいて、自分の小ささ、罪深さを一言ででも言い表し、神の憐れみにすがるならば、その時に、人は罪の赦しを体験するのです。
でも、自分の罪が分からない時は、どうすればよいのでしょうか。それには神との出会いが必要です。今日の箇所におけるイザヤは、神殿の礼拝を通して神の清さに触れた時に、罪を告白せざるをえませんでした。ですから、自分自身の罪が分からないという人は、どうぞ神と出会って下さい。
その出会いの場は、今日のイザヤがそうであったように、やはり礼拝でしょう。礼拝は日曜の主日礼拝だけでなく、どんな場所でも礼拝出来ると言います。その通りだと思います。ですが、そのことを承知した上であえて、申します。やはり、一週間の最初の時を神さまに時間を献げて、礼拝をする、この主日礼拝は特別です。礼拝において、人は神との出会いが与えられます。また、他には祈りの中でしょう。日々のみ言葉を読む中で神との出会いが与えられることもあるでしょう。
その中で神はご自身の存在を現して下さいます。何年もかかることもあれば、初めて礼拝に出席した時に、その体験をする方もあられます。そして、それは突然与えられるのです。本日のイザヤも予期してない突然の出会いが与えられたのですから。
今日のこのイザヤの神殿での出来事の場面は、それが私の推測通り、何らかの神殿儀式のさ中であったならば、その場に居合わせたのはイザヤ一人ではなかったでしょうが、神と出会ったのは彼だけだったかもしれません。他の人から見れば、普通の礼拝の様子でしかなかったかもしれません。しかし、神さまはそんな者の中から、イザヤがご自身との出会いを通して、砕かれし魂となっていることを見逃されることはありませんでした。そしてセラフィムをイザヤに遣わして、罪の清めをして下さったのです。
イザヤは、「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わっていくだろうか」との主のみ声に応えて「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」と、神からの召命に応えております。その圧倒的な出会いと、罪の赦しの感謝を経験したイザヤは、この8節の言葉、「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」との決意と召命に応える言葉を発せざるを得なかったのです。それこそ、見えない力に引きずられるように言って、応えたのです。
これが主の召命に応えることです。出発は主との出会いです。その人間を圧するほどの威厳と崇高さに触れた時に、人は罪の告白へと導かれ、召命を体験させられるのです。
召命、神からの召しに応えるのは、牧師や聖職者だけが行なうことではありません。誰もに神様からの召しは与えられています。それに応えることは神さまに用いられることですから、そこには罪の清めが必要です。ただ、これも誤解なきように、罪が赦されることは、一生清い存在になるということではありません。私たちは罪がなくなるのでなく、罪が赦された罪びとなのです。しかし神さまに用いていただくには、罪の赦しと清めが必要となります。そしてその時に、私たちは前に押し出されて「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」との決断へと促されるのです。神さまを求めましょう。その出会いが与えられるように祈りましょう。そして礼拝をしましょう。アーメン。感謝します。祈ります。

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今年の夏

暑い夏となった。例の蝉たちは、徐々に増えてき始めた。まだまだ、数は少ないが…

以前より決めていたことを今日は実行した。それは、髪の毛をサッパリすること。だいぶと伸びてしまい、暑苦しさを感じていたので、今年は思い切って短くしようと考えていたのだ。五分刈りも考えたが、さすがにそこまでは思いとどまって、スポーツ刈りにしてみた。何年ぶりだろうか?大牟田時代にはしていないので、確か神学生以来かな。だとすると、10数年ぶりのことになる。やはり、頭が涼しく、快適で、気持ちが良い。

夏の休暇の日程が決まった。26日の夜行バスで福岡に行き、9日か10日に帰高の予定。2週間の休みで、日曜日を2回休ませてもらえるのは本当に感謝だ。

牧師は、教会(牧師館)を離れないと、なかなか休みをとったことにならないので、高知を離れることにしている。妻が単身赴任(私の方が言った方がよいのか・・・)で福岡に居る関係で、毎年福岡に行く(帰る?)。そして、各地の友やお世話になった方のところを訪ねるのが、私たちの休暇のスタイル。

今年はどこを襲うかと、計画中。さて、どんな夏となることやら・・・

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“金太郎飴”第二弾 ダルビッシュ君の巻

日本ハムのダルビッシュ有が日本のエースであることに異を唱える人はいないだろう。昨年、今年の活躍ぶりは目を見張るものがあるし、特に今シーズンの投球は安定感抜群で、8日の西武戦では今年初めて1試合に2ホーマー打たれて負け投手(3敗目)になったとは言え、勝ち星(10勝)、防御率(1.35)は両リーグのトップ。多彩な変化球とMAX150キロを超えるストレートは、日本のエースたるだけのものがある。苦手とする国際試合においても、3月のWBCの準決勝そして決勝での抑え役での好投は多くの野球ファンの記憶に残るものであった。特に決勝の韓国戦、9回に同点打を打たれたが、その後の最終回、あのプレッシャーの中でのピッチングは本当に圧巻だった。

高校時代から甲子園のエース(東北高)として注目され、ドラフト1位指名で2004年に日ハム入り。恵まれた体格(196センチ)と小学生時代の実績(世界大会3位)からも分かる将来性の高さは衆目の一致するところだった。実働4年で日本のエースになったことからも、順調に成長しているとも言えるが、彼がここまでに成長したのは、素質によるよりも、プロに入ってからの努力と苦しみがあったればこそだと思う。

「新人時代には、未成年喫煙で謹慎処分を受けるなど、素行とプロ意識の低さが目立ったが、プロ入り後は監督(現ロイヤルズ監督のトレイ・ヒルマン)やコーチの指導などにより、これを改善。現在は煙草も吸わず、食事からトレーニング内容まで徹底した自己管理を行なっており、後輩選手がそのストイックな姿勢に驚くほどのプロ意識の高さを見せる。」(引用 ウィキペディア「ダルビッシュ有」)

ダルビッシュの投球が並みの投手のものでないことは明らか。だが彼の凄さは、その投球にだけあるのでないと思う。昨日の記事のチャック・スミスとは少し違うが、彼も“金太郎飴”なのだ。決して彼が毎試合同じ投球をしているのだと言いたいのではない。バッテリーを組む鶴岡と、試合毎、バッターに合わせたピッチングを組み立てている。

では、どこが“金太郎飴”なのか。彼は気持ちの切り替えがすぐに出来る選手なのだと思うのだ。ダルビッシュも人の子、痛打を浴びることがある。でも気持ちを引きずらずに、リセットしてピンチに立ち向かっているように、私の目には映る。先日の8日の西武戦の中村のホームランの際には、ファールであることをアピールしていたが、基本的には審判の判定に対してもクレームをつけない。ピンチになったり、失投した時には表情をゆがめることもあるが、次の瞬間バッターに向かう時には、いつものダルビッシュに戻っているのである。

だからかどうか、彼のヒーローインタビューは面白みがない。言うことが金太郎飴だからだ。「毎試合、全力挙げて投げるだけです」「バッターの方たちが点を取ってくれたので、それに応えて投げれました。感謝しています」といった、優等生の受け答えしかしない。最初の頃は、私も「マイクに向かっては綺麗なことを言うが、彼の本音はそうではないだろう」と思ったりもした。しかし彼の試合での様子からは、どうも本当に選手や監督たちに感謝しているように見えるのだ。人は、咄嗟の時にその心にあることが出るものである。ピッチャーは常に注目を浴びるポジションで、テレビカメラでその一挙手一投足が映し出される。一瞬の顔の表情さえも逃しはしない。でも、カメラを通しての映像は、すぐに気持ちを切り替えて打者に向かっているダルビッシュの姿なのだ。

これがダルビッシュの凄さなのだと思う。プロに入ってくる選手はみんな、アマチュアでは実績がある選手ばかりだし、中にはダルビッシュよりも素質に恵まれた選手やもっと凄いボールを投げるピッチャーもいる。楽天の小山などは、球の威力だけなら、ダルビッシュよりも上のように見える。しかし、小山は結果を残せていない。

小山とダルビッシュの違い、それこそは、メンタル面の違いにあるのではないか。気持ちの切り替えが出来るかどうかにあるのだと思う。思うような調整が出来ず調子が決してよくない試合でも、意に反して失投をして打たれた時でも、審判に不利な判定を下された時でも、好投しても打線が点を取ってくれない試合でも、味方に凡ミスとも思える守備で足を引っ張られた時でも、彼はすぐに気持ちを切り替えて、リセットして、金太郎飴のように、次の場面に向かっていく、それがダルビッシュ有なのだ。そして、それがダルビッシュのダルビッシャたる所以ではないかと私は思う。

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金太郎飴 チャック・スミス

チャック・スミスという牧師がアメリカにいる。70年代にヒッピーと呼ばれた若者たちが大挙して教会に集い、洗礼を受けた事があった。その時に、中心にあった教会の牧師がチャック・スミスである。この時のことは、“イエス革命”とも呼ばれている。

そのチャック・スミスに一度だけ会ったことがある。あれは、静岡の御殿場で行なわれたある大きな聖会でのこと。チャック師は、その集会のメーンスピーカーであり、来日以来、分刻みのスケジュールで動かれていた。その時の彼のメッセージは詳しくは覚えてはいない。ただ、淡々と聖書のみ言葉を説いておられたのだけを覚えている。自身の歩みの中には、劇的なまた波乱万丈の物語もいくつもあっただろうから、その辺りのことを語った方が、聴衆には“うけた”であろうが、彼はただ、聖書からだけ語っていた。私も(神学生時代)、チャック師のことはいろいろと聞かされていたので、正直言って少し残念に思ったのだった。

ただ、一つとても印象深く覚えていることがある。それは、チャック師が金太郎飴だったことである。チャック・スミスはどの瞬間においても、チャック・スミスだったのだ。確かに、私はチャック師の御付きをしたわけではないので、部屋で一人になられた時のことまでは分からない。でも、チャック師は、多くの聴衆を前に語っている時も、食事をされている時も、次のプログラムへの移動のために歩いておられる時も、どの瞬間においても、ニコヤカで笑みを絶やさず、人に向かわれていたのだ。

そのことを確信したのは、メッセージが終わった後に、チャック師に祈ってもらおうと人々が列をなして集まっていた時だった。あの頃でおいくつくらいだったろうか、60代半ばは超えておられたと思う。来日以来の過密スケジュール。その間も人々からは常に注目され、多くの人が自分のもとに群がってくる。その連続だっただろうか、疲れておられないわけがなかっただろう。

その祈りの時も、多くの人が列をなして、チャック師のもとに群がっていた。中には、日本語でいろいろと話し出す者もいた。私などは、それを見て、「おい、時間がないのだから、そんなことをするなよな、みんな並んで待っているのだぞ」と思ったものだった。しかし、チャック師は、その人の顔をじっと見て耳を傾け、通訳者の英語をだまって聞き、そしてその後に祈っておられたのだ。主催者はさぞややきもちしたのではないかと思う。

金太郎飴はどの部分を切っても、全て金太郎の顔が現れる。チャック・スミス師も、どの瞬間においても、同じ表情と人となりだった。尊敬すべきチャック師を金太郎飴にたとえるのは失礼かもしれない。しかし、もし仮にチャック師がこのブログを読まれても、彼は金太郎飴だろうと思うのである。

何故、20年近く前のことを書いたのかと言うと、先日、あることで、自分は金太郎飴ではないことを思い知らされたからである。

それは、とても忙しく、時間に追われていた時に、元会員だった方の訪問を受けた時のこと。私はその方とお会いしたのは、4年ほど前の礼拝の時の一度だけ。離れておられる会員なので、名前はよく覚えていたが、お顔までは覚えてはいなかった。その時は、ある方に頼まれて物を届けに来て下さったのだった。私は単に、それだけの方だと思い(時間が本当にない時のことで、しかも電話中のことだった)、通り一遍のお礼を述べるだけしか出来なかった。いや、もしかしたら「この忙しい時に・・・」という様子を顔に出し、つっけんどんなもの言いをしていたかもしれない。

神さまは、私たちを試される。それは思わぬ方策を用いて。

金太郎飴チャック・スミスを思い出した瞬間だった。

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チェンジ

と言えば、オバマ大統領だが、日本においても“チェンジ”が現実に起こっている。

小泉元首相おひざ元 「チェンジ」 横須賀市長に吉田氏

吉田雄人さんは、当選後も駅に立ち続け「おはようございます。これからもよろしくお願いします」と市民に呼びかけている。その回数は1200回以上にのぼるという。かけているタスキには、“本人”の文字が。

「彼は雨の日も風の日も立っていた。日ごろどこで何しているのか分からない人に選挙前だけお願いされても困るけど・・・」

とは町の人の声。

マニフェストの表紙には「チェンジ。やればできる!」の文字。その中には“す”、“2”、“4”、“長”の印があり、これは公約を実施する上での分類。

「“す”ぐにやる、“2”年目までに実施、“4”年ぐらいかかる、それ以上“長”くかかる」

“す”の項には「市長と副市長専用の公用車の廃止がある。これで年間3100万円が節約できるという。

ノリは年齢どおり若く、ユーモアもたっぷり。

(チェンジについて)「米国オバマ大統領とキムタクのドラマからぱくりました」「外見ではキムタクに負けるが、中身では負けない」「チェンジはオバマさんからとってます。“まねふぇすと”」

選挙前には泡沫候補扱いだった時期もあった。宣伝カーは一切使わず、自転車で選挙運動をした。そのうちに自転車の後をついてまわる人が現れた。勝手連的に支持しようという人たちが集まり、その数はどんどん増えていった。1000円、2000円という小額の寄付が集まり、1000万円を超えるまでにいたった。

現職を支持した市会議員は言う。「千葉市長選で若い候補が勝ったらつらい、という話はしていた。うちの後援会も若い連中の一部が吉田氏の応援にまわった。抑えきれない風だった」。

基地の町横須賀では、当然のこと、基地をめぐる課題は多くある。基地には2万人の米兵が駐留し、そこではおよそ5000人の日本人が今も働いている。基地交付金は年間2億円を超え、2年前からは原子力空母の寄港で10年間に70億円が市に支払われている。今回の選挙では基地問題は大きな争点とならず、基地反対の候補者が落選した。

若さとチェンジを掲げた新市長の手腕がこれから問われる。今後とも注目していきたい。

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知恵を下さい

良き牧師として立っていくのに、必要なことって、何だろうか。

・愛、信仰、祈り(心)

これらが大切であることは言うまでもない。でもそれらが深まれば良い牧師でおれるのだろうか。

・語る賜物、メッセージが語れること

メッセージは牧師の働きの中でも中心的なもの。その賜物は必要。でも、それだけで良き牧師として立てるのであろうか。

・牧会、良き羊飼いであること

説教師とは呼ばれない。牧師と呼ばれる。群れの羊の世話をし、統率することが求められる。

・牧師として相応しいリーダーシップ

牧師のリーダーシップは一般に言われるリーダーとは異なるが、指導力は必要である。しかし単に指導力があるだけでは不十分である。

・目先のことに左右されず、将来を見据える目

これも重要な資質であろう。

他にもいろいろとあろうが、今の私には、上に挙げたことは、どれ一つ十分だとは言えない。でも、10年牧師をさせていただいてきた中で、気づかされたことがある。それは、私に一番欠けているものであり、牧師であることにおいても欠かすことの出来ないもの。それは

知恵、また賢明な心  

イスラエルの国が栄華を誇った時代のあの王ソロモンは、夢の中で、「民を正しく裁き、善と悪を判断することが出来るように、この僕に聞き分ける心をお与え下さい。」(列王記上3章9節)と主に求めた。それに対して主は「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。」(同10~11節)と、ソロモンが知恵を求めたことを喜ばれ、知恵に満ちた賢明な心をお与えになった。

これは、ソロモンが王として、民を統率していく上での願いではあったろう。牧師は王ではないし、リーダーではあっても、人の上に立って、支配することが職務なのではない。牧師には、その群れを牧することが求められる。私は妻からずっと「あなたは人の良さを言い訳にしたり、正直であれば良いと思っている」と言われ続けた。悪気がなければよいのではないし、人の良さだけでは群れをまとめていくことは出来ない。優しさだけで、牧会は出来ないが、かと言ってただ厳しければよいわけがあろうはずがない。物事の本質を見極め、人の心の中にあるもの、時には心の裏側にあるものを見定める目も必要である。人の良さや正直さではどうにも太刀打ち出来ない。ある意味、人が悪いくらいのしたたかさも必要なのだと思う。そのためにも賢くあること、そしてそれらをひっくるめた知恵を、私は今切に求めている。

「わたしはこう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」(フィリピの信徒への手紙1章9~10節)

「この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている」(ルカ16章8節) 

「知恵を得ることは金にまさり、分別を得ることは銀よりものぞましい」(箴言16章16節)

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閑けさや 岩にしみいる 蝉の声??

今朝、教会の庭に出てみたら、何と蝉の声が聞こえてきた。教会の向かいのOさんと

私「蝉が鳴き出しましたね」

Oさん「あら、そうですね、まだ梅雨があけてませんのに」

昨日までは気づかなかったが、確かに鳴いている。うちの教会の庭の木は蝉の名所(?)である。“シマトネリコ”という木だそうだが、よほど居心地が良いのか(美味しいのか?)、夏になると正直言って、とてもたくさん集まって来て、午前中はうるさいほどに鳴き続けている…(以前の記事

松尾芭蕉は、『おくのほそ道』で、

“閑けさや 岩にしみいる 蝉の声”

と詠んだ。

さすが、芭蕉さんだ。

蝉の種類にもよるだろうし、旅の途上でのことか、日常の生活空間でのことかの違いはあるのだろうが、私などは

“うるささや 耳にしみ込む 蝉の音”

と、つい風情のないことを思ってしまう(蝉さん、失礼)

ああ、夏になったのだ、とせみぜみ、あっ違った、しみじみ・・・

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超教派

“超教派”

教派を超えての意味。教派とは、宗派と言ってもよいのであろうか。仏教では宗派、キリスト教界では、教派と呼ばれている。

聖書では、違いは豊かさだとされる。パウロは「体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。・・・体は一つの部分ではなく、多くの部分からなっています。・・・だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。」(コリント信徒への手紙12章12~23節)と述べる。

これは、教会について語られたものである。教会論についても、いずれ別な機会に述べようとは思うが、キリスト教界における各教派についても同じこと。

愛し合うことを説くキリスト教において、どうしてこんなにたくさんの教派があり、それが分派だと知り、更にそこには争いがあった(ある)ことを知ると、驚きと同時に悲しさやつまずきさえ覚えるほどである。

しかし、聖書は「違いは豊かさである」と説く。その違うものが組み合わさって、一つの体を構成する。教会についてもそうであるが、様々な賜物をもったものたちが集まって合わさって、一つの共同体が形成され、調和のとれた一つの体となっていく。しかし言うは易く行なうは難しだ。

ましてやこれが教派間のこととなると、困難さを通り越して、疲れや諦め感にとらわれることが多々ある。全く甘くはない。単一の色に染め上げた方が、やりやすいし、何か事を起こすにも良いのでは、と思うことさえある。

しかし、交響曲は、あれだけの違いのある様々な楽器が合わさることで、素晴らしい楽曲となる。同じ楽器を合わせたのであれば、あの豊かな音色は決して奏でられることは在り得ない。

今日は、午後から市内神父牧師会。その後、今年開催する市民クリスマスの話し合いも行なう。違いを乗り越えて、その違いが豊かさとなって、イエスさまを指揮者として、交響曲を演奏できればと願う。それは、今年の市民クリスマスのことだけではない。より大きな目的のためにだ。

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『劔岳 点の記』 『愛を読むひと』

最近観た映画をまとめて2本  たまには辛口のコメントを ( ̄ー ̄)ニヤリ 

『劔岳 点の記』

名カメラマン木村大作の初監督作ということで、お手並み拝見と思ったが・・・

明治43年(1907年)日本地図の中に最後の空白地があった。北アルプスの立山連峰の一つで、今でも「一般登山者が登る最も危険な山」とされている、劔岳山頂がそれ。当時はその山頂は何人たりとも足を踏み入れていない未踏の地とされていた。この難関に挑む命を受けたのは、陸軍参謀本部陸地測量部の柴崎芳太郎(浅野忠信)。彼とそのチームは現地民で山を生活の場として知り尽くす宇治長次郎(香川照之)を案内人にして、帝国陸軍の威信をかけて、登頂と三角地点設置に挑むのだが・・・

カメラマンとして著名な木村氏であるが、演出においてはどうかなと思っていた懸念があたってしまった。CGに頼らず、オールロケにこだわった姿勢とチャレンジ精神は高く評価出来る。映像の見事さ、山の荘厳なほどの美しさは素晴らしく、その労力は実を結んだようにも思える。

しかし、である。そうだ、だが、しかし である。

当たり前のことだが、この作品は“劇映画”である(はず)。劔岳の紹介フィルムでもなければ、また柴崎チームの偉業達成を称える映像でもない(はず)。更に手厳しいことを言えば、この映画の公式サイトにおいて、クローズアップされているのは、撮影隊の苦労を追いかけた映像“撮影の記”や監督始め関係者のキャンペーンのための全国行脚の様子なのだが、ちょっと待ってよ、木村監督さん(監督だけでなく、この映画関係者の皆さん)、それって、言うべきことなの。ネット記事の映評の中には、「そうした裏話と作品の出来は切り離すべきだし、まるで自分たちの苦労を“売り”にしているかのようだ」というものもあった。同感である。

確かに過酷な山の風景や、山頂あたりからの日本海の様子が映し出される映像は一見の価値があるとは思う。でもそれなら、山の自然を映したドキュメンタリーを撮ればよいのだし、少なくとも私はそういったことを期待して、鑑賞したのではない。柴崎隊の物語である原作(同名・新田次郎著)を題材にしたのだから、もっと物語として盛り上げることが出来たと思う。はっきり言って、その辺りが中途半端。劇映画としての脚本が絞り込めていないのだろう。男たちの偉業の物語とそれにまつわる逸話の劇映画を撮ろうとしたのであれば、映像の美しさは良いとしても、撮影の過酷さや苦労を売りにすべきではないし、物語が粗すぎる。裏側でどれほどの苦労と努力があろうとも、それを見せない、気づかせないのがプロの仕事なのでは!監督さんの意図はそんなものではなかったのでしょうがね。

しかし、初監督作としては十二分に質の高いものであり、また、俳優たちの演技にも見るべきものがあった。香川照之は相変わらずの役者ぶりだし、私は特に浅野忠信に関しては彼へのイメージが変わった。寡黙だが意志と責任感の強い柴崎芳太郎のような人物像を演じきれる役者だとは思っていなかったので。

次回作への期待を込めての辛口コメントでした。 

『愛を読むひと』  

ネタバレあり、未鑑賞の方はご注意!

上述の『劔岳・・・』同様に、このドイツ・アメリカの合作品も、世界的ベストセラー小説の映画化作。

1958年、街中で突然発病した15歳の少年マイケルは、見知らぬ年上の女性のハンナに助けられ、すぐに彼女へ恋におちいる。ハンナはマイケルを“坊や”(年齢差21歳)と呼び、二人は会うたびに激しくお互いを求め合う。逢瀬の度に本の朗読を“坊や”にせがむハンナであったが、ある日忽然とマイケルの前から彼女は姿を消す。8年の歳月が流れ、法科の学生となったマイケルは意外な場所でハンナと再会することとなる。それは授業の一環で訪れたナチス戦犯法廷で、その被告席にハンナは座っていたのだ。自らのある秘密を明かさないハンナは、無期懲役の判決を受けることとなった・・・

前半は『青い体験』バリのウブな少年の“ひと夏の体験”話で、ハンナ役のケイト・ウィンスレットの脱ぎっぷりの良さが話題となるも、6度目のノミネートで射止めたアカデミー主演女優賞受賞も納得のいく好演である。私は、これまで注目する女優ではあっても、彼女に女性としての魅力を感じることがなかった。彼女の演技を評価しつつも、私の眼には、『タイタニック』では田舎のイモ姉ちゃん、『レボリューショナリー・ロード』でも、美男美女の理想の夫婦どころか単なる我がまま女としか映らなかった。が、この映画では、15歳の少年にとってだけでなく、全ての(?)男性をひきつける魅力たっぷりの女性であることに眼を開かされた。特に、最初の出会いの時の彼女の着替えのシーンの色気はゾクッとさせるだけのものがあった。

彼女が何が何でも明かさずにいた秘密とは、“非識字者”であったこと。読み書きが出来ないことで、どれほど肩身の狭い思いをし、仕事さえ選べなかっただろうことは想像に難くない。収容所の女看守をせねばならなくなり、上からの命令に従順に従うしかなく、多くの人の命を奪う罪を犯すことになってしまったのだろう。その苦しみは、余人には理解できぬものがあったことだろう。しかし、それにしても、あの場面で「私は字は書けません」と一言言えば済むのに、と観ている私は思ってしまった。

長い服役期間を終え釈放されることを知って庇護を申し出たマイケルの存在もあり、出所後の再出発の道は開かれたと思えたのだが、彼女は釈放直前に自らの命を絶つ。その理由は、はっきりとは描かれない(原作でも、と聞く)ので、想像するしかないのだが、失った時間は取り戻せはしないのだろうし、彼女の受けた傷と出所後の不安はこれまた余人には、はかり知れないものがあったのだろう。冤罪事件のことなどを考えざるを得なかった(ピンとはずれかもしれないが・・・)

当初は、二コール・キッドマンがハンナ役に決まっていたそうで、急遽(かな?)ケイト・ウィンスレットに変更になったと聞くが、それが功を奏したと思う。ハンナ役は彼女でしょう!二コール・キッドマンの“非識字者”役はちょっと考え難い、と思うのは私だけではないのでは。主演女優賞受賞は全く納得で、この映画は、ウィンスレットの映画だと思えるほどだ。

大人になってからのマイケル役のレイフ・ファインズも、憂いを秘めた表情など、ピッタリだったと思う。“坊や”時代を演じたドイツ生まれの新人(デヴィッド・クロス)も、“ひと夏の経験”に心躍らせる少年を上手く演じている。ただ、青年弁護士役には、ちょっと・・・かな。

この映画のポイントは、ハンナが“非識字者”であったこと。だからこそ、本の朗読にこだわり、そこに単なる楽しみを超えた、ある意味彼女の生きる全てがあったことを思うと、この邦題はいただけない。原作のタイトルのように、そのまま『朗読者』の方が、百倍、いや万倍良い。『朗読者』では味気ないと思ったのか、「愛」を持ってきたのであろうが、全く安易だと思う。ハンナがマイケルの朗読に求めたのは愛だけではないし、特に刑務所のハンナにマイケルが朗読テープを送り続けたのは、愛という言葉でだけ片付けることの出来ない、感情であったと思うから。

この辺りの、マイケルのハンナに対しての思いを描くのが少し乱暴というか、丁寧さが欠けている。かつて愛して深い関係になった年上の女性が、憎むべきナチスの一員であったことに苦しむ様が、観客(私と言った方がよいのかな?)に伝わって来ない。ナチスの犯した罪の跡地(強制収容所の戦跡地?)を訪れる様子がさりげなく挟み込まれているが、あれでは、複雑な彼の心情が描ききれてないとしか言いようがない。

しかし、時代は変わったのだということを痛切に感じさせられる。今までのドイツの戦争関連の映画において登場するナチスの人間は、ステレオタイプの極悪非道な異星人のような描き方でしかなく、苦しみ葛藤する所謂“普通の人間”としての視点がなかった。それが戦後60年が経ち、ドイツ人も感情を持った生身の人間として登場するようになったことは、新たな時代に入っていることを再認識させてくれた。一昨年の『善き人のためのソナタ』然り、『戦場のピアニスト』然り、である。

ただ、「言わずに死ねるか」ではないが、これだけはどうしても言っておかねばならぬことがある。それは残念というのを通り越して、個人的には憤りさえ感じるほどのことなのだが、

何故、英語映画なのか・・・

この話は、ドイツで起こったドイツ人の物語ではないのか!!pout angry (`^´) 私は原作を読んではいないけれど、原作者(ベルンハルト・シュリンク)はドイツ人(今の時代、何人であるかは決定的なことではないだろうが)であり、ドイツで出版されたことからしても、ドイツ語で書かれた小説であることは明らかであろう。それを英語に替えてしまったのでは、おはなしにならないと思う(信じる)からである。

カトリック信者であったメル・ギブソンは、キリスト受難を描いたあの『パッション』を、当時のユダヤ人が日常的に用いていたアラム語の台詞を復活させて撮ったし(ローマ兵にはラテン語を話させる徹底ぶり!)、今年公開の『チェ・二部作』では、監督のスティーヴン・ソダーバーグはスペイン語は解せないにもかかわらず、スペイン語で撮りきった。ソダーバーグは「ゲバラの映画を撮るのに、スペイン語でなければ何の意味もなくなる」と述べている。まっっっっったく同感である。60年経ったとは言え、ドイツ人の国民感情への配慮や、制作上の裏事情があるのかもしれない。また、市場を意識して(特に米国)の戦略(制作費等の金銭面から)があるのかもしれない。

そう言った諸々の一般観客の与り知らない事情があるのかもしれないが、それでもやっぱり、ドイツ語で撮って欲しかったし、いや、ドイツ語で撮るべきだったと、私は思う。これだけのスタッフとキャスト、そして題材の映画なのだから、そのことが残念でならない。

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ドンピシャ!

何がと言うと、夕立!

今日は昼から出かけていて、夕方4時過ぎに知り合いのお見舞いを終えて病院を出た。日の長いこの季節にしては辺りは暗く、空は明らかに雨雲が覆ってきていた。プラプラと自転車で帰っていたら、ふと弁当屋の看板が目に。「そうだ、ご飯を炊く準備をするのを忘れていたな」と思ったのが不幸(?)の始まり・・・今から思うと時間もまだ早かったのだから、何もこの時に弁当を買わずともよかったのだが…

ものの10分もせずに店を出た時には、一雨来ることは間違いなさそうな雲行きに。でも、帰り着くまでは大丈夫だと思って(家までは自転車で10分弱の距離)、少し行くと・・・

あっと言う間のことだった。雨を避ける暇もないうちに、びしょ濡れの濡れ鼠と相成った。宿ろうにも適当な場所もなし・・・

今年の高知は、他地域と同様に、完全な空梅雨。上流のダムもかなり危ないほどの状態なので、雨は歓迎なのだが、何もこんな時に、と思っても後の祭り。

雨が上がるのを待ちながら、子どもの頃はこんなことしょっちゅうあったなあと濡れながら思った。夕立という言葉の通り、夕方に一雨や雷さんは日常の出来事だった。夕立に遭遇することさえ、珍しいというのは言い過ぎかもしれないが、私としては久しぶりのことだった。

これも温暖化の影響だろうか・・・

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マイケル・ジャクソン・スーパースター

マイケル・ジャクソンが死んだ。驚きつつも「ついに・・・」という思いにもなる。あの整形ぶり(整形中毒とも言われる)からすると、心が病んでいたのは明らかだし、極端なダイエットの様子からも身体の方もかなり蝕まれていただろうと思われる。実兄も「死因に関しては検死が行なわれるまではわからない」と述べているが、死の真の原因をめぐっては様々な噂が流れている。「ブドウ球菌が全身に広がっていた」「鼻の整形の際に感染して全身が壊死するおそれがあった」など。また、あの肌の白さも美白整形によるものかと思っていたが、尋常性白斑という皮膚の色素の一部が抜けて徐々に広がっていく病気でもあったそうだ。そんなことからも薬物の過剰摂取が原因ではないかとも言われている。

ミュージシャンとしてのタラントは天才と呼ぶに相応しく、音楽の歴史を塗り替えた活躍ぶりも正に真のスーパースターと呼ぶだけのものがあった。特に『スリラー』での“ムーンウォーク”は社会現象にまでなり、聞く物であった音楽を、見せるものにした功績は大きく、「ビートルズに並ぶもの」とも言われている。しかしその栄光に満ちた表の面と裏腹に彼をめぐるスキャンダルの方面でも超大物であった。

人が望める最高の富と栄光を手に入れたマイケルを、何が狂わせたのか。いや、その富と栄光を手にしたことこそが彼の人生の歯車を狂わせたのであろうが、どうやらそれだけでもなさそうだ。「父親から罵倒されて育てられた」「親戚から性的虐待を受けていた」という証言からも明らかにされる生育暦の傷も大きく影響していそうだ。更に、自身の13歳の少年に性的虐待を加えたのではないかとの疑惑の中では、「彼の性器が白斑だったのではないか」とも伝えられている。

彼はものみの塔(エホバの証人)の信者でもあった。母も信者であったことにより、彼も熱心に家庭の個別訪問による“伝道”を行なっていた。その活動は『スリラー』以降も続いていたよう。それにしても、玄関に出てみたらそこにマイケル・ジャクソンが居たら、訪問を受けた者の驚きは嬉しいよりも不気味にさえ思えたのではないだろうか。

マイケルは私と同じ1958年生まれの50歳。神から人間としては最高の賜物を与えられ、それに見合うだけの栄光を受けたスーパースターマイケル・ジャクソン。しかし、その影の部分はあまりに多く、トータルな人間像はあまりにも歪なものであった。

彼の人生っていったい何だったのだろうか・・・

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『あなた』

教役者会二日目の自由時間、どのように過ごそうかと友人たちと考えた。伊豆の山奥であることから、温泉に行くのが妥当な選択ではあっただろう。が、仲間内の牧師の一人が突然言い出した。

 「カラオケに行こう」

「○ちゃん(言いだしっぺの牧師)、カラオケか・・・」と最初は、少し後ろめたさを感じた。教会からは研修のために送り出されているのだから、いくら自由時間だとはいえ、しかも昼の日中からカラオケに繰り出すのは、どうかとも思ったのだが・・・(言い訳にしか聞こえんだろうな)

結果、気心の知れた友人牧師たち三人での時間だったのだが、やはり、昼間っからのカラオケ、しかもアルコール無しでは、盛り上がれはしなかった。

ただ、その中で、言いだしっぺの○ちゃん牧師が、『あなた』を歌った。彼がその歌を選択したのも同じ理由だったようだが、実は一週間ほど前に、私はこの『あなた』を久しぶりに聞いていたのだ。

4月からの朝の連続テレビ小説『つばさ』。一昨年の『ちりとてちん』には到底及ばないが、それなりに楽しみながら、私は毎朝(昼)習慣的に見ている。そのドラマの中のカラオケ大会の場面で、別れた夫との思い出の『あなた』を松本明子が歌ったのを印象深く覚えていた。

○ちゃん「松本明子、上手かったなあ」 私「せやったなあ」と歌い終わった○ちゃんと私はしみじみ・・・

小坂明子の1974年の大ヒット曲。200万枚超えるミリオンセラーで、時代を代表する歌謡曲の一曲、いや昭和を代表する(49年)名曲であろう。

♪もしもわたしが家を建てたなら 小さな家を建てたでしょう ・・・ そしてわたしはレースを編むのよ わたしの横には わたしの横には あなた あなた あなたがいて欲しい♪

’73年の世界歌謡祭のグランプリ曲。調べると、この曲でデビューした彼女は17歳だった。結局、彼女この曲だけの“一発屋”に終わったのだが、この曲と小坂明子の名前は日本の歌謡史に残っている。今から思うと、昭和の経済成長の波の中にあった曲で、ベタな歌詞ではあるが、10代の女の子が淡い憧れと願いを堂々と歌える時代だったのだ。今の時代はどうなのかを考えさせられる。

夢や希望が持てる社会になってもらいたい。いや、そんな時代をつくりださねばならない、その責任が私たち大人にかかっているのだ。

動画はこちら⇒小坂明子 『あなた』

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教役者会、東京界隈訪問

日曜日の午後、教会のプログラムを終えて、東京へ

今回の第一の目的は天城山荘で行なわれる全国教役者会へ参加することであったが、教役者会で会った全国の牧師たちだけでなく、私の新旧の友人、知人と再会、また出会いが与えられたことが何よりの感謝だった。

午後5時発の飛行機で羽田へ。初日の宿は花小金井のH牧師宅  牧師館が教会の外にあるとは聞いていたが、一戸建てだとは思わなかった。久しぶりのH牧師一家との食事懇談。九州時代は別宅のように、寝食を共にさせていただいた。いったいどれだけお連れ合いの作って下さった料理をご馳走になったことか・・・子どもたちも全員ではないが、久々に会うと、大きくなっていることに驚き!

教役者研修会の今回の主題は、“時代に生きるバプテスト説教”。ただ、事前に送られてきた資料で、講師(梶原寿氏・元名古屋学院大学学長)がマーティン・ルーサー・キング牧師の研究者だと知らされていたので、キング牧師の説教から、バプテストの視点を学ぶのかな、と思っていたのだが、二度の講演は、キングの生涯とその思想の根底にあるものを探る内容だった。キング牧師のことは、何となくしか知らなかったので、彼の欠点や罪にまで切り込んだ話はとても興味深く、示唆に富んだものだった。

教役者会後にも、何人かの友人(夫妻)との再会、水曜はその中の一人の宅に宿泊。昨日も、空港で友人とも会い、旧交を温めることが出来、とても満たされ、リフレッシュすることが出来、それらを含めて良き“学び”の時であったと思う。

中でも、ネット上のお付き合いだった I さんとお会いして、親しくお話できたことは何より感謝だった。直接お会いするのは初めてのことで、お会いするまではちょっと緊張もしたが、時間を忘れて深くお交わりの出来たことは、本当に感謝だった。 私が気づかずにいたことを I さんを通して示されたことは、ハッとさせられ、また自分の至らなさを示されたことは何よりだった。

ネット上のことなので、具体的な表現が出来ないことがちょっぴり残念だが、生きて働かれる神さまが、またみ業を見させて下さった、そんな旅だった。

今回お会いした、またお世話になった友たち、教役者会の幹事役の西関東連合の方たち天城山荘の職員の方、講師の梶原先生、Iさんとお連れ合いさん、そして私を快く送りだして下さった伊勢崎教会の方たちなど、この場を借りて、深く感謝を述べさせていただきます。そして、旅の間、祈ってくれていた妻、そして、旅を導き守って下さった神さま、本当にありがとうございました。

※ 私の命の綱とも言える睡眠時無呼吸症のためのマウスピースが見つからず、『ワッチャー、妻にどう伝えようか』と頭痛のタネだったのだが、宿泊した友人宅から、その家にあった旨の電話があった。主よ、感謝します。Yちゃん、お手数おかけします。ありがとう!

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教会組織感謝礼拝

今日は教会組織感謝礼拝。1977年に教会組織をして今年で32周年を迎えた。アメリカ人宣教師が高知で伝道を開始したのは1952年だから、伝道開始して57年が経ったことになる。

ヴァイツゼッカー大統領は、「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」とあの『荒れ野の40年』の演説の中で語っている。過去にとらわれて前に進めなくなってはいけないが、教会のこれまでの歩みを覚えることは未来へとつながる。

今日の礼拝では、S兄がそのあたりのことにも触れつつ、将来に向けて何をすべきかについて、証しして下さった。感謝である。

午後の愛餐会も、楽しく美味しく和やかにお祝い出来た。7月に転勤で高知を離れるN兄の歓送会をも兼ねたが、そのことだけは寂しさを感じたが・・・

明日からは全国教役者会で天城山荘。今日の夕方の便で上京する。では行ってきます。

次の更新は早くても木曜日です。

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一軒のうどん屋さん

教会の近くに一軒のうどん屋さんがある。店のつくりは派手ではなく、商売の店にはまず見えない。決して衛生的に問題がありそうだと言うのではないが、店の看板も出ておらず、普通の民家に提灯と営業中かどうかの手書きの札(?)のようなものが掲げられているだけ。

最初、たまたま店の前を通りかかって(教会から歩いて3分ほどのところ)お昼時に順番待ちのお客さんが並んでおられるのを見た時は、不思議な感覚にとらわれた。提灯が目に入ったようには思うが食べ物屋とは思えず、普通の民家の前に人が並んでいる光景が何とも不思議に映ったからだ。その時は店に入りはしなかったが、何だかその店(家?)のことが気になり、それから何度か様子を見に行ったりもした。すると、昼の書き入れ時などは、いつ行っても、待っている人が途絶えないのだ。この店、そんな店構えであることに加えて、住宅地の中にある(表通りにも面していない)ことからも、立地条件は全く良くないのに、である。

味は絶品だ。私はうどんに関して詳しくないので偉そうなことは言えないが、麺(もちろん、手打ち麺)も出汁もとてもおいしい。特に天ぷらは人気商品で、衣は厚すぎず、サクッとした揚げ具合は言うことなし。メニューは豊富なので、まだまだ食べていないものもたくさんあるが、私的にはショウガのよく効いた冬場の“鳥天あんかけ”が一番のお気に入り。冷たいうどんも各種あり、先ずどれを注文してもハズレはない。

だが、私はこの店の美味しさを紹介するつもりで、ここに書いたのではない。では何故・・・

おいしいお店なら、他にもある(とは言っても、ここまでの味の店はそうはないと思うが)。この店の魅力、一度食べに来たお客さんがリピーターになる理由、それが味にだけあるのではないと思うからである。

店の雰囲気、もっとはっきり言うならば、店主さんご夫妻(いや、もしかしたら子どもさんも一緒に店に出ておられるかもしれないからご家族と言うべきかもしれないが)を始め、店員の方たちの応対も絶品、いやとても良いのだ。どんなにおいしくても、接客がなっていなかったり、味に胡坐をかいている節が感じれられれば、客の足は遠のくもの。でも、この店に限ってはそのようなことを全く感じさせない。最近のファーストフード店などに見受けられるマニュアル通りの接客や、むやみやたらに「ようこそ、○○へ」を大声で連呼する全国チェーンの○本屋とはまったく異なる。接客姿勢が、そして店全体の雰囲気が、店のあたたかさとお客さんを大切に扱っておられる思いを醸し出しているのだ。

教会はどうなのか。

教会は商店とは違う、接客業ではないのだ、そんな考えに甘えてしまってはないだろうか・・・

生まれて初めて教会に来られた方、救いを求めて教会を訪れた方、生き方について何かヒントを求めて来られた方、また、教会員になったとはいえまだ教会に馴染めずにいる人・・・毎週の礼拝には、いろんな人が様々な思いを抱えて来られる。そういった人たちが二度と来たくなくなるような接し方を、神さまが喜ばれようはずがない。教会員の応対に問題があるから、接客の講習会を受ける必要がある、と思っているのでは決してない。

問い直すべきは、私の心のありようにある。

牧師である私の気持ちの中に、礼拝に来られた方、その魂を慈しみ、大切に思う気持ちがどれほどあるか、「神さまの福音は素晴らしい(決して自分のメッセージが素晴らしいと思っているのではない)、だから、それでよいのだ」と思ってはいまいか、メッセージの内容は吟味しても、それを伝える私の心の思いをないがしろにしてしまってないか、そうであるなら、味のよさに胡坐をかいている食べ物屋と同じではないか・・・

月並みだが、最後は、愛だろう。礼拝に来られる方(もちろん、教会員も含め)に対しての敬意というか、大切に思う(する)心。このうどん屋さんのもてなし心から学ばねばならないと、先日も“冷やしきつね”を食しながら(油揚げの味付けがこれまた絶品!)強く思わされた。

ここで紹介したうどん屋さんについて記しておくと(お店に了承をとったわけではないが、宣伝なのだから構わないだろう)

“麺房 三宅” 

 高知市伊勢崎町5-18 ℡088-873-4120 平日11時~18時半 土日祝11時~16時半 水曜と第三日曜が定休  駐車場有 

お勧めですよ、店の場所はかなり分かりくいですが・・・

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うつは“心のカゼじゃない”

昨日お昼食べながらNHKを見ていたら、夜の『ためしてガッテン』の予告をやっていた。水曜の夜は祈祷会のため、いつも番組を観ることは出来ないが、やっと言い出したか、と思った。

私はうつを患った。2003年に緊急入院することとなり、前任教会を辞任した。その頃から、この病気がクローズアップされ、うつが偏見の対象ではなく、社会的に認知されるようになった。その後は今に至るまで、うつは増え続け、それと比例するようにどんどん認知されていった。この病に対しての認識が十分でなく偏見が蔓延し、きちんとした治療を受けることが阻まれていた現実があったことを考えると、それは望ましいことであり、通るべき道筋であった、とは思う。

しかし、・・・である。そうだ。だが、しかし である。

そうすると今度は、うつを軽く扱う風潮が現れてきた。私は決してそれがすべて悪いとは思っていない。だが、言葉は悪いが、うつをなめてはいけない。この病は家庭を人間関係を壊し、人の命さえ奪うのである。更に、明らかにうつでないと思える人も、自分はうつだ、と主張するのを何度も見聞きするに至っては、私には何かちょっとおかしいなと思えた。

昨日の『ためしてガッテン』では、「うつは心の風邪なんかじゃない」「心の風邪というのになかなか直らない」ということなどを紹介していた(らしい、私は番組は観ていないので)。加えて、うつの治療薬である抗うつ剤が効かないのは何故かということから、単に心の変化だけでなく脳内に変化が見られることが語られた(らしい)。詳しくは、番組ホームページをご覧あれ。

私も、うつが心に変調をきたすだけでなく、体に影響の出ることを体験させられた。心が落ち込む、前向きに物事を考えられない、それらもうつの症状ではあるが、そこからさらに病気が進行すると、体に変調をきたすようになる。こうなると、もう気の持ちようなどということではどうしようもなくなる。私は決して、医療サイドの対処法に問題があると言いたいのではない。だからこそ、うつは初期のうちにきちんとした治療を受ける必要があると言いたいのだ。一人で、また家族だけで抱え込まず、すぐに精神科を訪れることをお勧めする。

更に私が思ったのは、「うつはうつる(移る)」ということ。これも、うつが一般的な「伝染病」だと言いたいのではない。もちろん、ウィルスや細菌による感染によって起きる病気なのではない。うつは、周りの者を巻き込む。家族の中にうつが起こると、その影響が周囲のものをも侵していく・・・

うつは恐ろしい病気ではある。しかし、専門医のきちんとした治療を受けることで、時間はかかるが確実に快方に向かう病気であることからも、恐れ過ぎないことである。何か変調を感じたら、また家族や周囲の者にその兆候が見えたら、繰り返すが、早めに精神科を訪れることである。

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交わり

月曜の休日は、市内の先輩牧師と半日以上語りあうときが与えられた。

キリスト教会は外側から見ると、横のつながりがあるように見えるようだが、これがなかなか交流がそれほどない。高知の場合、市内の神父牧師会が約3ヶ月に一度行なわれるが、これは交わりと親睦が主な目的であり、参加自体も全くの任意。ほとんど来られない教会の牧師もおられる。だから教派を超えての交わりはあまりない。

イエスをキリストと信じることにおいては一致していても、強調点の違いから、教会の運営形態や信仰観、礼拝の持ち方には違いがあるし、細かやことを言うと、用語の違いもあったりする。

月曜は本当に楽しく、温泉に入りながら時間の経つもの忘れるほどであった。いやー楽しかったし、ためになりました。先生、ありがとうございました。これに懲りずまたお付き合いいただければ感謝です。

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ノムコメ

楽天野村克也監督の試合後のコメントはそう呼ばれている。
元々、マスコミに取り上げられることの少ない悲哀を現役時代より骨身にしみて味わわされてきた野村監督。新聞・テレビの記者連に注目を集めるようなコメントを考えて、意識してコメントを発しているに違いない。人生経験豊富なそして長い球暦に裏打ちされたコメントは時にユーモアたっぷりで、うならされるものがある。以下、今年の印象に残ったノムコメを。

「優勝して球団を困らせたい」(2/4キャンプ地久米島島民との歓迎交流会の席で、花道を飾らせたいという球団に対して、「優勝すればクビには出来ないだろう」との思いをこめて。来期も続投したい気持ちの表明か・・・)

「お前、俺の後を狙っているらしいな」 (2/14キャンプ地を訪れたかつての教え子の古田敦也に向かって。はっきり否定し、「後継者はカツノリしかいませんよ」という古田に「どんな反応するのか見たんだよ」とニヤリ)

「いよいよ駅前店がオープンだな。楽天まんじゅうは在庫が多いから困るわ」 (2/28ロッテとのオープン戦に完敗し、スコアボードの7回以外に並ぶ「0」をまんじゅうにたとえて)

「楽天まんじゅう、味が濃くなっておいしくなってきたな」 (翌1日もまたロッテに3安打2得点の打線に、量ばかりか、中身も深刻になってきたことを皮肉を込めて)

「“無視、賞賛、非難”を知らないんだよ」 (3/18 WBCでキューバを完封した際のリードを批判したことに城島が反論したことを受けてのノムコメ。この三つは野村独特の選手への接し方で、レベルが高くなければ非難しないことを彼が知らないことをチクリ)

「我慢できなくってな。トイレに行ってる方がいいのかな。」 (4/24 用をたして高須の同点打が見れなかったことを照れて?)

「4回から投げたらいいんじゃないか」 (4/27 100球で交代することを申し出る岩隈起用の珍プラン?)

「塩味としょうゆ味くらい違う」 (4/29 監督通算1500勝を達成して、田中マー君からウイニングボールを受け取り、それまでの優勝の瞬間のウィニングボールと比べて )

 「マー君、親の子、普通の子」 (4/30 今までは痛いと言わなかったのに、肩の張りを訴えて登録抹消されたマー君に)

「咲いた、咲いた、白星咲いた」 (5/1 15安打の今期最多安打で快勝! “咲いた”と“最多”?)

「しゃべることもないもん!何にも」 (5/10 ロッテ戦完封負け シュンとなって?)

「何事も“一”を大事にしないと。“一”と書いて何と読む?“はじめ”でしょ。一球目、先頭打者、第一ストライク、それと初回か。何でも“一”ですよ」 (5/15 延長戦の末、ソフトバンクに連敗して)

「天才バカボンだから、考えられないことをやる」 (5/20 シダックス時代の教え子の一人である中村真人が外角高めのボールを大根切り打法で犠飛)

「巨人シーフ(thief-泥棒)にはかないません」 (5/22 巨人戦に大敗!金の力で選手を集めるジャイアンツを皮肉って「日本語では露骨するぎるから」と説明)

「落合がどう言ってたか知らないが、打撃は頭だぞ。器用か不器用か、己を知らんとな。不器用なら“野村の道”を行け。ヤマを張れ!」 (5/26 不振の中村紀洋にバッティング指導をして)

「負ける時は楽に負けるのに、勝つ時は苦しんで勝つ。これを何と言う。勝ちに不思議の勝ちありって言うんだよ」 (6/2 連敗を“3”でストップして)

「本格派が首を振れば、バッターは直球が来ると思う。もっと捕手を信頼しないと」 (6/3捕手のサインに首を振ってストレートを投げて、阪神桧山に右中間にカウンターパンチを食らった田中将大に)

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蛍の通り道

先週の下見(?)に続いて、今日は、知り合いの牧師たちと、蛍を見に行ってきた。
行ったのが時間的にまだ早かった(7時半過ぎ)ので、ホテルのロビーでお茶をした後に、いつもの場所へ。
この地区では、毎年“ほたる祭り”が行なわれる。地元の人が説明をしながら案内をしてくれるというものだが、今年は今週末から来週にかけてのことなので、まだ見に来る人はまばら。あまりいないなあ、と思っていたら、いやいや先週より多く飛んでいた。ゲンジボタルが多かったけど、ヒメボタルもちょこちょことではあったが、いた。ただ、プラネタリウムや夏のクリスマスツリーとまでは言えるほどではなかった。その蛍のホームページによると、ゲンジが今月頭から中旬にかけて、ヒメの方は中旬頃が見ごろだとあったので、まだこれからがピークなよう。
来週には、静岡の友人が遊びに来る。その頃が最盛期だろうかな・・・T君楽しみしとってや。

でも、癒されるなあ。皆さん、これからが見時ですよ。

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ペンテコステ礼拝

今日はペンテコステの礼拝。これはギリシャ語で50番目を意味する言葉で、イースターから数えて50日目の日にあたる。聖書においては“7”は完全数であり、特別な意味がある数字。神さまが全地をお造りになって、休まれたのも“7”日目。イースターから数えて、一週間(7日)を7回繰り返した翌日がこの日にあたる。
また、ユダヤ教の暦においても、この日は小麦の収穫の始まりを祝う祭りの日である。そしてこの日は、旧約聖書の出エジプト記に記されているイスラエルの民がエジプトから解放された(出エジプト)出来事をお祝いする「過越し祭り」から数えて50日目の記念日でもある。そのようにして、この日は昔から「七週の祭り」または「五旬節」とも呼ばれる祭りで、過越しの祭り・仮庵の祭りと並ぶユダヤ教の三大祭りの一つでもあった。

その祭りの日に、聖霊がエルサレムに集っていた弟子たちに降り、それを受けた彼らは大胆に神のみ業を語った。そしてそのことがキリスト教会を生まれるきっかけとなったことから、この日は、キリスト教会の誕生日とも言われている。

今日は、伊勢崎教会では初めての試みであったが、赤いものを身に着けて礼拝しようということになった。それは、ペンテコステの日に、弟子たちに降った聖霊が「炎」のような舌のかたちをとって降ったと聖書に記されている(使徒言行録2章3節)ことに倣って。

初めてのことであり、どのような礼拝になるのか。。。でも、世の中全般だけでなく、教会の内部においても、なじみのうすいと思えるペンテコステを皆で、お祝い出来ればと思っている。

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今年の蛍

昨夜、祈祷会後に、一人で、蛍を見に行った。今年は、昨夜が初めてなのだが、毎年の私のこの季節の恒例行事となっている。

車で“例”のスポットへ。

ご存知のように、昨日から全国(西日本?)的に天気は荒れ気味であり、高知は何と、「暴風・波浪“警報”」が発令されている(28日朝も継続中)。昨日は「竜巻注意報」まで出ていた。そんな日に、と思われる向きもあろうけど、実際は少ししか雨は降っていなかったし、風はあるにはあったけど、注意報や警報が出ているとは思えないほどであったので・・・

去年の“夏のクリスマスツリー”、そして一昨年の“蛍のプラネタリウム”が忘れられずに毎年出かけていく。

さて、結果は・・・

雨が降っていたこともあろうが、まだ少し時期が早いこともあったのだろうか・・・

でも、居ましたよ、ゲンジボタルが。何度見ても、その様には魅せられる。思わず、うっとりと見とれてしまう。ただ、天候もだが、また時期が早いのだろう、まだまだ少数。

今年はこれからである。さて、今後の報告をお楽しみに!

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カレン族と日本の宣教 

カレン族と聞いて、すぐにピンとくる日本人は多くはないだろう。アクセサリー(カレン族シルバー)や最近では映画『ランボー』シリーズの最終作(『ランボー・怒りの戦場』-未見)で知られる程度であろうか。

カレン族は、タイ北部からミャンマー(ビルマ)にかけて居住する民族。ミャンマーにおいては独立闘争が今も行なわれている(全人口の7% 約45万人)が、タイ王国内においては、山岳で生活する山岳少数民族(同0.5% 約30万人)。

昨年11月17日の『嬉しかったこと』にも記したが、大里英二宣教師はバプテスト同盟からタイに派遣され、カレン族を中心に宣教活動をされている。私の中学校の同級生が、タイのチェンマイに在住中に、大里先生ご一家にお世話になったことが昨年分かったこともあり、それ以降メールの遣り取りをさせていただいている。

その大里先生から今日、『宣教通信』が送られてきた。読んでみて、驚きつつ、やはりな、と思わされた。それによると、カレンバプテスト連盟(TKBC)に連なる教会で、昨年一年間にバプテスマを受けた人の数が1049人だという。大里先生が宣教師としてタイに派遣された’92年の時点では、TKBCの教会員数は、9000人だったのが、昨年はその数は26,223人に増えているとのこと。ちなみにTKBCに連なる教会数は149教会・352伝道所だというのだ。手元に最近の報告書が見当たらず、2001年度の教勢報告書の数字だが、日本バプテスト連盟は、教会数330(266教会・64伝道所)、現在会員数16,628人、受浸(バプテスマ)者707人とある。

連盟に限らず、日本の教会では、教勢の低下が叫ばれており、上記の数は更に減っているのが現状である。数字だけを見るならば、大きく違いはないように思えるが、考えるまでもなく、明らかに国の人口が違う。日本の人口は約1億3000万人、カレン族の400倍以上である。

私は能天気に数のことを言わんとしているのではない(つもり?)し、だから日本の教会はだめで、もっと伝道(み言葉の宣べ伝え)に専念すべきだと言いたいのでもない。これがアジアの現状なのである。韓国は言うに及ばず(でも、ここ1,2年は教勢の低下が言われだしてているよう)、中国も、シンガポールも、その他、多くの国で教会に人が多く集まり、キリスト教人口は激増している。

でも、日本の国においては、そんな兆候は全く見られないし、感じられない(ように思える)・・・

しかし、・・・である。そうだ。だが、しかし である。

私は、日本を巡る社会情勢が、そこにある教会の現状が悪くなっているこの時代こそ、教会が希望となることを微塵も疑ってはいない。“こんな”時代こそ、教会は必要とされるのだ。教会の出番なのだ。十字架を掲げ、み言葉を説く教会に人が集まることを、私は確信している。

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『八月の鯨』とクジラの話

先ずは、映画『八月の鯨』から

今は亡き往年の大女優のリリアン・ギッシュとベティ・デイヴィスの主演で、名匠リンゼイ・アンダーソンが撮った1987年の秀作。

最愛の夫を失った妹(ギッシュ)と盲人の姉(デイヴィス)は、メーン州の別荘に二人で余生を過ごしている。公開当時90歳だったギッシュの可憐で若々しい姿が話題になったが、実際は妹役の彼女の方が姉のデイヴィスより年長だった。視力を失ったことで、人に頼らなければ生きていけなくなった自分への腹立たしさから、皮肉屋の毒舌家となった姉。そんな姉の身の回りの世話をし、生活を支えている妹。彼女たちは、若い頃から8月になるとやって来るというクジラを見るために、この別荘に来ることを楽しみとしていた。今、人生の終わりを迎える頃になっても、妹は「今年こそクジラが見れるのが楽しみだわ」と、明日への希望を失わずにいる。訪ねてきた友人にさえ毒づく姉は、妹が先に逝って一人きりになるのが何より寂しい。彼女たちにとっての“8月のクジラ”とは、希望と喜びの象徴なのだ。映画では、実際にはクジラは出てこないし、彼女たちも実物を見ることはない。しかし出会ってないからこそ、希望を持ち続けることが出来たのだ。姉に手を焼きながらも気遣い労わる妹と、悪態をつきながらも妹を愛している姉、そんな二人のとある一日の風景が描き出される。

二人の大女優の演技合戦が見もの。リリアン・ギッシュの演技も特筆ものだが、ベティ・デイヴィスも彼女の集大成とも言える演技で、悪女役でスターとなり、実生活においても4度の結婚、きつい口調と傲慢さでも有名であった彼女の遺作(2年後の89年に他界)たるに相応しい。この映画では盲人役であり、ほとんど瞳は閉じた演技ではあるが、“ベティ・デイヴィス・アイ”と唄われ、華やかでありながら、内面の孤独と苦悩を表現する演技力は健在だった。アカデミー賞に5年連続、通算10回ノミネートされたのはいまだに記録だそうだ。

ここから、「クジラの話」へ・・・

海を悠然と漂うクジラ。地球上最大の哺乳類、あのクジラに魅せられる人は多い。クジラは海を泳いでいるが、季節毎に北の海と南の海を移動しているという。これを“回遊”というそうだが、実際クジラは「遊んでいる」のではないかとも言われている。

クジラは“ブリーチング”という行動をとる。それはクジラのジャンプのこと。ただ、ジャンプと言っても、なにせあの体だ。彼らは全身の2/3を海上に突き出して、ひねりを加えて背中から着水するのだが、勇壮ではあるが跳ね上がる水の量も半端ではない。

この“ブリーチング”に関しては諸説があるようだ。「敵への威嚇」「異性へのアピール」「寄生虫を落としている」などだが、その一つに「あれはクジラが遊んでいるのではないか」というのがある。実際、全身を使って、生きていることの喜びを表現しているようにも見える。

私は生のクジラを見たことはない。しかしテレビなどの映像を通しても、その勇壮、雄大な姿には心がとらえられる。海で泳いでいる生のクジラを目にして、人生が変わったという人も多くいる。

だいぶ以前に(今も放映されているが)、NHKの『ダーウィンが来た!』でシロナガスクジラの生態について取り上げた放送を見た。シロナガスクジラは、体長2~30メートル、体重100~160トンの地球上最大の哺乳類!このシロナガスクジラの食事風景が流されたが(とても貴重な資料だったらしい)、彼らがその巨体を維持できるのは、その食する獲物にあるのだという。その獲物がオキアミだったのには驚いた。体長5センチほどのオキアミを、巨大なシロナガスクジラは食用としているのだが、それがあの大きな体を維持できる理由だというのだ。

他の種類のクジラの中にも、オキアミを食べているものはいるようだが、シロナガスクジラと違って、所謂“普通の”魚、鯖や鰯も食している。しかしシロナガスクジラは、どうもオキアミを主食としているようなのだ。直径10メートルにまで開く大きな口で、水を含めて一度に80トンのオキアミを食するさまは勇壮そのものだ。このオキアミを主食とすることで、巨体を維持しているというのは不思議にさえ思ったが、なんと、あの5センチのオキアミ、世界中の海に10億トン以上が棲息し、その量は他の魚の総量よりも多いのだそうだ。それだけ無尽蔵のオキアミだからこそ、シロナガスクジラは腹いっぱいの食事を摂ることが出来るのだ。他のクジラは“普通の”魚も食べるので、シロナガスクジラほどには食べることが出来ないために、小さな体にとどまっているというのだ(と言ったって何10トンもあるのだが・・・)

動物の生態系には一つの秩序がある。それが人間業でないことは確か。神さまの大きな御手の中で、私たちは生きている、いや生かされているのだ。主よ、感謝します。アーメン!

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運動会って秋じゃなかったっけ?

今日の礼拝は少なかった。開始の時間になっても、席はまばら・・・

先週から聞いてはいたのだが、どうやら市内の小学校の多くが運動会だったらしい。

運動会って?運動会は秋じゃなかったっけ、と思うのだが、いつの頃からだろうか、10年くらい前から、小学校ではこの時期(5月の中旬から下旬)に運動会が開かれるようになった。高知だけじゃなく、福岡でもそうだったから、全国的なことなのでしょうか・・・・

理由は???なんで??? 

運動会は秋じゃん!と思うのは私だけでしょうか・・・

ご存知の方おられたら、教えて下さい。m(__)m

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裁判員制度

昨日5月21日をもって施行された裁判員制度。5年間の準備期間を経たのであろうが、国民の理解度、浸透度となるとまだまだと言わざるを得ないのではなかろうか。自分自身の勉強不足や知ろうとする意識の低さもあるのだろうが、知れば知るほど、知らされれば知らされるほど、疑問と不安感が増すというのが正直な思いである。私自身不勉強で陪審員制との違いもよくは分かっていなかったのだから。

「国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映し、司法に対する国民の理解を図り、信頼の向上を図ることが目的」と聞かされている。その目的はある程度は理解出来るのだが・・・

宗教界ではどのように受け取られているのであろうか。

西日本新聞の記事

人を裁くことに何の躊躇いもないという人はいないだろう。しかし、単に「裁きたくない」というような感情レベルだけでは判断できない問題であることは確かだ。

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現代のバベルの塔

米国発の「金融危機」が全世界を覆っており、先の見えない不安の中に世界がある。急速な経済成長を遂げてきたアラブ首長国連邦最大の都市ドバイでも、バブルは崩壊している。現在建設中で世界一高いビルになる予定の“ブルジュ・ドバイ(「ドバイの塔」の意)”建設計画も今後の見通しが立たない中にあるそうだ。

このビルの最終的な高さは公表されていない。それは、現在建設・計画中の他の超高層ビルとの「高さ競争」のため。2008年3月の段階で、米国のKVLY-TV塔の628.8mを抜き、ブルジュ・ドバイが現存する世界一高い建造物ではあるが、プロジェクトの契約者の発表では、およそ818mとされている。ただ現在、クウェートでは、1001mの超々高層ビル、同じドバイには1400mの別のビルの建設計画があり、また、サウジアラビアでは1600mのハイパービルディングの建設計画も浮上しているという。

ここまで来ると、正に創世記のバベルの塔を思い起こさざるをえないし、人間のあくなき欲望と罪深さは、時代を経ても変わらないことを示される。

「彼らは『さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう。』と言った。」(創世記11章4節)

“バベル”は“バブル”を連想させる。神さまは「全地の言葉を混乱(バラル)させ」(同11章9節)て、人々を散らされ、“バベルの塔”の建設は止んだ。現代の“バベルの塔”である「高さ競争」を神さまはどのようになさるおつもりなのか・・・。

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くしゃみをなめたらアカンぜよ

事は一ヶ月ほど前にさかのぼる。

自宅の風呂場から脱衣場に出ようとした時のことである。外側の床はとても滑りやすいので、通常はタオル地のマットを置いているのだが、妻がそのマットを乾かそうとして動かしていた。マットのないことには気づいていたので、気をつけて足を踏み出したつもりだったのだが、みごとに転んでしまい、右のわき腹付近を段差部分で殴打した。一瞬息が出来ないほどの痛みがわき腹を襲った。肋骨にひびが入ったのかもしれない。でもマットを動かした妻を恨んでもしかたがない。その場に無いことには気づいていたのだから。それから2週間ほどは痛みが残っていたが、日に日に痛みはとれ、2週間もすればまったくとは言えないまでも痛みはなくなっていた。

やれやれ、と思っていたある朝のこと。実は私は花粉症に悩まされており、毎年杉花粉が飛散する時期は、目のかゆみとくしゃみに苦しめられている。特にくしゃみの方は、朝起き抜けに5連発、6連発、ひどい時は10連発以上続くときもあるほど。起き抜けではなかったが、リビングのソファーに座って新聞に目を通していた時のこと。「ハックション」とやった途端、今までとはまったく異なるほどの痛みがわき腹におこった。いったい何がおこったのか、と思った。転んだ時とはまったく次元が違うほどの痛みだった。

それからの二日間は、地獄(?)の苦しみ!慎重に体を動かしても、痛みがある。だいたい、どうやったところで、わき腹を固定させて過ごすことなんか出来ない。くしゃみは当然、咳払い一つしても痛みの電気が全身に走った。

中でも寝ること、起き上がることがこんなに大変だったことはなかった。どのような体勢をとっても痛くてしかたがない。それで初日はほとんど眠ることができなかった。更に、起き上がろうとするとこれがもっと一大事。わき腹に影響を与えずに起き上がることはどうしても出来ない。起き上がるという、たったそれだけの動作を完了するのに、20分ほどはかかるのだから・・・

二日目の夜に寝付くまではまだ痛いままだったが、前日に十分に寝れてないこともあったのだろう、眠ることは出来た。そして、翌朝目が覚めると、前日までの様子とはだいぶ異なり、大きく動かさなければ、電気が走ることはなくなっていた。

この時ほど、同居の家族が居てくれたらと思ったことはなかった。猫の手も借りたい、いや妻の手を借りたい・・・

健康であるときは、その有り難味が十分に分かっていない。当然だと思ってしまうからだ。しかし病気や体が十分に動かないような時に、それは当たり前のことなのでなく、神さまの支えがあることを深く思わされる。皆さん、くしゃみには気をつけましょう。

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教会がここに在ること

教会にはいろいろと訪問者がある。その中で、初めて訪れる人からは、よく「ここに教会が在ることは以前から知っていた」ということを聞かされる。

「建物(教会堂)が伝道する」と言われる。これは何も、“立派な”会堂でなければならないということではない。地域に教会が存在すること、建っていることで、そこを通りかかる人、地域の人々に神を伝えることになっているのだと思う。

昨夜も一人の訪問者があった。少しお酒が入っているようだった。扉を開けて、私に向かって「懺悔させてもらえるでしょうか」という。懺悔の意味を分かって言っているのかと思い、少しその説明をすると

「自分は本当にとんでもない悪いことをした。今日はそのことを誰かに聞いてもらいたかった。友人と酒を飲んだけど、そんなこと話せない。家は仏教だけど、特に信仰しているわけではない。いつも仕事に行く前に、ここの前を通っているが、中に入ろうと思ったことはなかった。でも今日は話を聞いてもらいたくってやって来た。懺悔して、叱ってもらいたかった。まさか開ていると思わなかったけど、思い切って扉を引いたら開いたので、びっくりしたが、入ってみた」

私は彼のことを叱ったわけでも、厳しいことを言ったのでもなかった。ただ話を聞いて、最後に礼拝のことについて伝えただけだった。「日曜の礼拝に出たい」と言い残して帰って行った。

教会があること。この世とは異なる“何か”があると感じさせるのだろう。そして教会が建っていることで、世の人々にキリストを証しすることになるのだ。

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ふつふつと話題に

4月22日にジュリーの『我が窮状』についての記事を書いた。そうしたらアクセス数が普段の4倍以上になった。さすがにジュリーの影響力が大きいことを痛感させられた。

やはり、ジュリーが歌うと“こそっと”にはならず、ふつふつと話題になっているようだ。どうやら、昨年発売のシングルCDは完売しているとのこと。また、今年10月23~25日に京都で行なわれる“2009年日本のうたごえ祭典・京都”での合唱曲の1曲に選ばれたそうだ。

この歌がこれから歌い広められて、歌詞にある通り、平和を願う声を集め、輝く未来を残すための礎になればと願う。

『我が窮状』の動画はこちら

※ 以前の記事の中で、「直接歌の中で“九条”とか“平和”という言葉は出て来ず・・・」と書いたが、違っていた。2節には「我が窮状 守れないなら 真の“平和”ありえない」と歌っていた。訂正します。

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過去の週報から(2006年12月17日)

『いじめ』

いじめ問題で日本が揺れている。問題の根っこはどこにあるのだろうか。これは日本だけの問題でなく、世界中で起こっていることのようだ。しかしこの問題の捉え方はどこも一様であるわけではない。

オーストラリアのいじめ問題の対応をテレビで紹介していたが、日本とは大きな違いがあるように感じた。オーストラリアでもいじめは学校現場で起こっているが、「いじめは起こるもの」との認識に立つことからスタートしている。だからこそ、日頃からその対策がたてられ、少しでも早めにその芽を摘むことに取りかかれるのだという。一方日本では「いじめはない」というのが大前提になっているように見受けられる。「あるまじきこと」という思いが強すぎるように思える。

人間は集団生活をしていく中で、周囲の者に腹立ちを感じたり、悪意を抱くことが往々にしてある。そしてその結果、当の相手のことを憎んだり、意地悪な気持ちが起こり、いじめへとつながっていく。人間に罪がある限り、いじめは起こるものであるということを先ず受け入れることから始めねばならないのではないか。いじめを正当化するのでも、今の現状を放置しておいてよいというのではない。ただいじめは、特別に問題のある子どもだけが起こすものではない。所謂“普通の子”だっていじめを行なう。更に言うと、これは子どもだけの問題ではない。大人の社会にもいじめはある。会社でも家庭でも、教会の中でさえもいじめは存在する。人間に罪がある限り、いじめは起こるのだ。悲しいかな、それが罪びとの現実である。そして、全ての人間は罪びとなのだ。

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